亀店と言われたが、鶴店とは歳三が丁稚奉公に出た上野いとう松坂屋呉服店の事である。
そこの支店の亀店に行くともなると、余計に気が気ではない。

「奉公はもう懲り懲りだ。
ましてや亀店っていえば鶴店の支店じゃねえか」

嫌がる歳三を見て喜六は歳三の目を見据えて言った。

「だからこそ行かねばならん。
武士とは義に生き、義に殉ずべきものだ。
逃げて帰ったままでは、なぁ歳三。
お前がいよいよ武士になった、と旗を上げた時に恥をかくだけだ」


喜六は言い聞かせるようにそう言った。
そう言われてしまえば、歳三はヤケ糞気味に奉公に行く事を受け入れた。
歳三はドタドタと荒っぽい足音をたてて自室へ戻ってしまった。

「喜六や、お前もこの数年で人を動かす知恵というものを身に付けたな」


為次郎は愉快に笑っていたが、心の内ではいつか見るであろう歳三の侍姿を期待しているため、奉公に出るという事は、少し残念に感じている。