源之丞は衣紋掛にかかった紋付を手渡した。
かたじけない。と、その紋付を受け取ったが、勇はさらに恐縮するように声を発した。

「……あと二十三着…」

「はぁ?」

思わず源之丞は素っ頓狂な声が出てしまった。
多くても三着程度だと思っていたが、嘆願書を出す事を芹沢に伝えると、殿内には言わずに代表として勇、芹沢、谷右京の三人で黒谷金戒光明寺、即ち京都守護職会津藩本陣に赴 こうと思ったのだが、勇は、「これから世話になるやもしれん主人に御目通りさせて頂くのだから、全員で行きましょう」という事となり早急に羽織を要したのである。


「それではよろしくお願い致します」


勇はそう言い、源之丞の部屋から出て行った。
勇は申し訳なさと恥ずかしさが同時に沸き起こり、顔から火が出そうな勢いであったが、辞去した後、源之丞は無理難題な問題を押し付けられてヘナヘナと畳に沈み込んだ。


 源之丞はドタドタと大きな足音を立てて、妻の雅を呼んだ。


「そないな慌ててどないしたん?」

「紋付を出してくれ」

「衣紋掛にかかっとったでしょ?
こんな時分からお出かけどすか?」

「いやワシが使うんではおまへん。
全部出して欲しいんや」

雅は、はて、という顔をしている。
虫干しにするとしても、もう日落ちは近い。

「全部って何を」

「紋付や紋付!全部で二十三着」

源之丞は苛立ちを隠せずに語気が強くなっていた。
雅も、まぁ。と驚きそわそわとし始めた。

「二十三着なんて呉服屋やおらへんのに」

「うちのと秀次郎のと…あと死んだ祖父さんのと壬生狂言の衣装も出せばあるんやないか?」

それから源之丞と雅の紋付大捜索が始まり、大量の紋付が出揃ったのは、それから半刻(1時間)ほどたってからである。
それを勇はありがたく受け取った。
京に来てからというものの、金はなく着た切り雀で羽織袴を新調する余裕などなかった。

「でも上様に会うというのに、同じ紋付で伺うのはどうなんどすか?」


八木家の家紋である『三ツ木瓜』が染め抜かれた紋付を見て着終わった時に源之丞は心配そうに言った。

「たしかにそうだが、会津中将様はそのような小さい事を気にする人じゃないわい」

豪胆な芹沢はそう言いながら腹を抱えて笑った。