「いつになったら出てくるんだよ」

 芹沢は苛立ちを見せていた。
夜は更けて人通りもなくなったような京の巷に、清河、山岡の両人は、四条堀川を通りかかった。

ようやく来たか、芹沢はそう言うと目貫を湿らせ足音を忍ばせた。

「芹沢さん、是非私に斬らせて頂きたい」

山南はそう言うと、鯉口を切った。
「お前のような優男に何ができる?」
芹沢はそう言うが、山南は眉間に皺を寄せて言った。

「実はですね私、江戸に居た頃からずっと、個人的に清河に恨みを持っていまして、私怨で申し訳ないが奴の首をとらねば、気が収まらないのです」

「そうか殺れ、ワシはあいつが死んでくれればそれで良いのだからな」

もちろん山南のハッタリである。
鯉口を切って清河に忍び寄るが、ハッと山南は身を退いた。

「何をモタモタしているんだ!」

芹沢は山南を一喝した。

「山岡さんの懐中に御朱印(ごしゅいん)があるんですよ」

山南はそう言った。
御朱印というのは将軍家から山岡と松岡万(まつおか よろず)に与えられた『道中どこにても兵を募ること苦しからず』とあるもので、御朱印に剣をかざせば、それは将軍家に敵対すると同じ意味に考えられていたのだ。

「くそッ、それなら致し方ねえ」

芹沢はそう言うと、帰って酒を飲むぞと言い壬生村へと向かって歩いて行った。
一同の背中を見送り、山南は安堵の息を吐いた。

「それにしても妙ですね」

平助はそう言った。
何が、と山南が聞くが、今まで山岡が御朱印を懐に入れているのを見た事がなかったのだ。
入れてはいたとしても、目立たぬように持ち歩いていた。

「きっと警戒してたんでしょう」

山南はそう言うと、そうだねと平助は言い勇達の元へと向かう。

夜は薄暗いが人影が見えてきた。
歳三達の影が見えてきたが、六人の影にもう一つ影が見えた。

「どうだった?」

「無事に帰って行きました」

「そうかよかった」

「御朱印が効いたかね」

歳三はそう言った。
天鵞絨(ビロード)の嚢(ふくろ)を肌身離さず持っていた事を歳三は知っていた。
それがこの日、懐中に入っている事を歳三が知る由も無い。
暗闇から見慣れない人影が現れた。