試衛館に着く頃には、もう夕刻となっていた。

「おかえりなさいませ、勇様」

「ただいま戻りました」

ツネは勇を出迎えると、夕餉の香りがすでにしていた。

「美味そうな匂いがするな」

ツネはその一言に嬉しそうな顔を浮かべた。
 もともとは器量はそんなによくはないが、勇が喜ぶ事を常に探して必死に模索している分かっている。
そんなツネという存在が、勇には心地が良く、また愛おしく思える。

「勇様のお好きな料理を作ってみました」

 玉子ふわふわである。
勇はこの料理に目がない。
ひと匙すくい食べると、よく出来ていた。
こんなにツネの料理は美味かっただろうか。
今まで飯を食う事に感謝をしてこなかっただけだろうか。
 夕餉が終わり、タマを寝かしつけるとようやく二人きりの時間だ。

「明日発たれるのですね」

「あぁ」

「京は危険な場所だと聞いています。
本当は勇様とずっと一緒にいたい」

ツネは懇願したような目で勇を見つめた。
最初で最後のワガママのつもりであるが、勇は首を横に振った。

「ようやく念願だった武士になれる。
ツネ。タマを、道場を、そして義父上と義母上を頼んだぞ」

勇はツネを抱き寄せた。
もう覚悟はツネも決めていた。
健やかな寝顔で寝ているタマを見つめながら、この夜、二人はしばらく抱き合う事をやめなかった。


「お身体だけはどうぞ大事に」

「京は美味い甘味がたくさんあると聞いた。
江戸に戻る時は楽しみにしてなさい」

はい、と笑うツネを愛おしく感じた。
綺麗な簪や京飾りがあれば、ツネに送ってやろう。
そう勇は決めていた。


 江戸よさらば。
いよいよ明日は京へと旅立つ。

歴史の表舞台へと…。