日野宿、佐藤彦五郎邸。
「そうけ、ようやくお前も念願な武士じゃねえか」
佐藤彦五郎は歓喜していた。
ずっと夢見ていた歳三の武士姿。
歳三は照れ臭そうに笑った。
切り石で怪我をして、額に傷が残っている彦吉は歳三の膝の上に座っている。
「将軍警固か、いよいよだな。
血の雨が降り注ぐ京の都で近藤さんの剣が役に立ち、お前の知恵が役に立つ」
為次郎も感慨深くそう言うと、一冊の本を取り出した。
「これは持っていくのか?」
為次郎はニヤリと笑った、それに対して彦五郎も笑いを堪えている。
表紙には何も書かれていない。
「〝梅の花、一輪咲いても、梅は梅〟
良い詩を書くなぁ、トシ」
為次郎はそう言うと、たちまち歳三の顔は赤く染まった。
「読んだのか!」
「俺ァ、〝うぐいすや、はたきの音も、ついやめる〟が好きだけどな」
彦五郎はそう言いガハハと声を立てて笑った。
歳三は咄嗟にその白い本を取り上げた。
紛れもなく歳三の詠んだ句集である。
為次郎も短歌を詠んだりしているが、歳三の句はお世辞にも上手いとは言えなかった。
「京の都で出会った素晴らしい情景というのも、手紙で送ってくれや」
彦五郎は完全に歳三をからかいながらそう言うが、歳三は羞恥から血が頬に上ってくるのを感じていた。
部屋に篭り、編纂(へんさん)された句集に歳三は名前をつけた。
『豊玉発句集(ほうぎょくほっくしゅう)』
〝差し向かう 心は清き 水鏡〟
共に心を合わせた朋友と、志を貫くために歳三は京へ行く。
上洛の覚悟。
武士として生きる覚悟。
歳三の関係者は何も言う事はなかった。
天下に名を轟かせる事を為次郎も、彦五郎も、トクも望んでいた。
なにより、喜六も喜んでいるに違いない。
いざ参る、京!