それからひと月経った二月十五日。
試衛館には新しい生命が誕生した。
近藤タマ(近藤瓊子)。
勇とツネの一人娘は、愛らしい女の子であり、皆から可愛がられた。
不思議と総司は子供をあやすのが上手く、歳三と勇もそれには感心をしていた。
歳三は何故だか無性に甥っ子達に会いたくなり、日野宿の佐藤家へと帰った。
「為兄、元気してた?」
喜六の死後、盲目の為次郎は彦五郎のもとに身を寄せていた。
彦五郎やトクも歳三の帰りを待ちわびていた。
「歳三も今や天然理心流の試衛館道場の師範代だ。
たいしたもんだなァ」
「いや、まだまだだ。
江戸三大道場に並ばねえと意味が無い」
彦五郎の手には、一歳ほどの幼児がいた。
甥っ子の彦吉だ。
彦吉はもう歩けるようになり、最近は元気がありあまりすぎて大変だと彦五郎は言う。
彦吉はおぼつかない足でよちよちと歩いている。
「来年になれば、恒例の風呂入れだな」
歳三は冗談っぽく言ったが、彦五郎は勘弁してやってくれと笑った。
「お前の入った後の風呂にだって、俺は入りたかねえんだよ」
歳三の熱湯好きは彦五郎までもが迷惑被っているらしい。
突然金切り声をあげて泣き喚く断末魔のような子供の声に、歳三と彦五郎は飛び出した。
そこには泣き喚く彦吉がいた。
どうやら玄関先に積んであった切石に、前のめりで転び額を切ってしまったようだ。
「彦義兄、手拭いと焼酎!」
歳三はそう言うと彦吉を抱きかかえ、流石はもとは薬屋だ。
持ち前の器用さと慣れた手つきで彦吉を手当てしたのだ。
「俺のせいだ…俺がしっかり見ていれば」
「なぁに。
男の子の向こう傷だ。
めでたいじゃねえか」
歳三の目は優しさに満ち溢れていた。
まだ、歳三は武士になると子供の頃に言っていたあの日の気持ちを忘れていないなと彦五郎は直感した。