今たしかこの人「結婚してやる」って言ったわよねえ!?

想定外の非常事態を認識したのか、心臓はめちゃくちゃなダンスを踊り始め、今にも口から飛び出しそうです。

上から目線で私の顔をご覧になっていたレイモンド様は、
「エセル、何とか言ったらどうだ?」
とぶっきらぼうにおっしゃいます。

「ほほほほ、侯爵様はご冗談がお好きですのね。『なぁんてね』っておっしゃるなら今ですわよ、さぁ……」

作り笑いを浮かべながら、からっからの喉から声を絞り出しましたが、緊張でひっくり返っています。
いくら私でも、この状況で冗談なんて言う筈がない事くらい分かっています。

でもレイモンド様、望んでしたプロポーズでは無いとしても、平民の小娘に断られたら、宝石のようなあなたのプライドが、ずったぼろに傷つくのは火を見るよりも明らかですわよ。
  
今ならギリギリ軌道修正間に合いますから、私の言葉からお察し頂いて「冗談だ!」の一言で済ませましょう!?

もはや純潔喪失や、飲酒によって演じた失態のあれやこれは二の次となり、レイモンド様のぶっこんだ爆弾をいかに穏便に処理するかという事に、頭の中はシフトチェンジしています。

あ、レイモンド様の眉間に皺が寄ってきました。

「き、君は馬鹿か? 冗談でこんな事を言う訳が無いだろう!?」

知ってますって、だから困ってるんだってー!!

「仕方ないから責任を取って結婚してやると言ってるんだ、答えはイエスで良いな!?」

も、もはや修正不可能!! 

穏便にと言う淡い期待は気体となって消えてゆき、同時に我が身からも、ぷしゅーっと空気が抜けてゆく音がします。