「へぇそうかな、結婚したのがルースなら、君、絶対戻って来ただろう?」

相手が誰であろうと……、でもどうして急にアンディーの事なんて。

「今、アンディーは関係ないでしょう!?」

レイモンド様はまるで心を覗き込むかのように、私の顔をじぃっと御覧になています。
気まずい。

そして暫しの沈黙の後、静かに言ったのです。

「さっきは誤解だって直ぐ否定したのに、今度はしないんだね」

その瞳は、深い海の底のように暗い色をしています。

「侯爵様」そういう事ではありません、と続けようとしましたが、「僕の名前は『侯爵様』じゃない!!」レイモンド様が語気を荒らげ遮りました。

「君は、ルースの事は愛称でしか呼ばないのに、僕の事はいつだって名無しの『侯爵様』だ。僕は、せめて名前で呼んで欲しいと、何度か頼んだよ。でも君は、意識してか無意識かは分からないけど、いつも悪気の無い顔をして僕を傷付け、拒み続けてる。僕の気持ちなんて知ろうともしないで!」

矢継ぎ早に飛んで来る非難の声は、何故だか切なくて少し甘いのです。

まるで以前から私を好きだったと言っているように聞こえますが、頭の整理が追いつきません。

とにかく機嫌を直して欲しくて、深く考えもせず言ってしまったのです。

「そんなつもりは……、あのレイモンド様」

驚いたように見開かれる目。そして、
「今更なんだよ、僕を馬鹿にしてるのか! もう良いから出て行ってくれ!」

ささくれ立った声に、しまったと思ったけれどもう遅い。

リードマンが目配せしながら親指をドアの方へ反らせ、『出ましょう』と合図してきます。

私はその場で、ごめんなさいと小さく言って、部屋をあとにしました。