「あ、大樹くん?」




ヨウ先輩だった。


向こうもジャージ姿で…きっと走っていたんだろう。


「こんちわ」

挨拶すると、


「こんにちは」

と、

ヨウ先輩は、ふわりと微笑んで、

横を通り抜けようとする。


その、余裕そうな笑顔に、


カチンときた俺は─────。




ぐっ!!


ヨウ先輩の胸ぐらを思いっきり掴んだ。


「お前なんなんだよ!琴羽をあんなに苦しめて楽しいか!?」



ヨウ先輩は一瞬驚いた顔をした。


そのあと、苦しそうな表情で、

目をそらした。



「目、見ろ!お前の苦しみなんか比べもんになんねえぐらい、あいつは、…あいつは苦しいんだよ。」


「俺、は」


話し始める、ヨウ先輩。


「あの日ハルにことのところに行くなって言われた。
…ハルの頭痛は病気で。生まれつき体が弱かった。
治っていると思ってたんだけどな…
朝、俺がハルに呼ばれていくと、ハルは部屋で倒れてた。病院、連れてこうとしたけど「ヨウそばにいて。ヨウがいないと死んじゃう」って。もー無理なんだよ俺」


髪をくしゃくしゃっとさせて顔を歪ませるヨウ先輩。


「あ、そ。連絡くらいできなかったのかよ」


「携帯は家に置いた。取りに帰ろうとするとすぐ死んじゃう、って」


「だからって!琴羽を置いていく理由にはなんねえだろ!!雪の中ずっと待ってたんだぞ!ここ最近ずっと浮かねえ顔して、目もパンパンに腫らして…お前は自分のことしか考えてねーんだよ!」


胸ぐらをつかむ手をギリッと強くすると、


ヨウ先輩は、

「うん、大樹くんの言う通り。俺はことのそばにいる資格はない」




琴羽のそばにいる資格がない。


その言葉は、あの頃の俺と同じだった。


琴羽が好きなのに、春姫先輩にキスされたから、資格がないから、別れた、おれ。


資格がないから、別れる?


今ならわかる。

そんなことしたって、

恩返しにもなんにもなんねえ。



「そんなことで、琴羽への辛さが補われると思ってんのか?」



これは、昔の俺にも言えること。



「琴羽のこと好きなんだろ?!」


「うん、好きだよ」


そう言う、ヨウ先輩の瞳に、

濁りはなくて。


あー、本当なんだなって思った。