「今日は友達の家でテスト勉強するから、少し遅くなる」

土曜日の昼前、私は出掛ける準備をしてソファに座りテレビを見る母に告げる。

「わかったわ。あまり遅くならないようにね」

そう言う母は私に見向きもしない。
テレビにあの男が映っているからだ。

「…行ってきます」

私は廊下へ繋がる扉を閉めて玄関へ向かう。
こんなことは慣れっこだ。

玄関をでるとブルッと震えるような寒気に襲われる。
早く実里のところへ行こう。
マフラーをもう一重巻いて、私は歩き出す。

今日は実里と駅前のレストランで昼ご飯を食べてから、実里の家で勉強を教えてもらって、19時には帰ろう。
お昼はトマトパスタにしようかな。


そんなことを考えながら歩いていると、後ろから足音が聞こえることに気づく。
誰か後ろからついてきている?

私はピタッと足を止めてみると、後ろの足音も止まる。
…つけられている。

ストーカー?
いや、こんな明るい時間からつけたりする?

容易に後ろを振り向けない。
まわりには誰もおらず、助けを呼べない。

実里に電話をしよう。

私はそっとポケットから携帯をとり出し、実里の番号を表示し、通話ボタンを押そうとした…そのとき。

「ん…っ!」

後ろからハンカチで口を押さえられる。
男の手だ。

あ…

薬品か何かを嗅がされたのだろう。
私は眠くなり、意識がぷつりと途切れた。