……どれだけの時間が過ぎたか、ふと誰かに肩を揺さぶられてるような気がした。
もう誰……、気持ち悪いからやめて吐くから。肩に置かれた手を払い、音楽に集中しようとイヤホンをはめた耳を手で塞ぐ。……あれ、また音が遠くなった。聞きづらいけど眠たいしもういいや。
そう諦めた頃、イヤホンからブツッとノイズが走る。その直後、サビが爆音で流れてきた。
「ぐああ!!!!!!!!」
痛い痛い!!!! 耳壊れる!!!!!!!
顔を顰めながら両耳のイヤホンを乱暴にはずす。キンキンする頭を抱えながら顔をあげると、目の前に見知らぬ男子生徒が立っていた。
彼は不機嫌そうな表情であたしを見下ろし、手にはスマホが握られている。というかそれあたしのスマホ!! 犯人お前かッ!!!
男子を睨みつけると、ざまあみろとでもいうように鼻で笑われた。……なにこいつ態度悪すぎか。
なんて思っていると、彼はあたしをじっと見下ろしたままわずかに口角をあげた。
「色気無さすぎ」
「……は?!?!」
「もっと女らしい悲鳴だせねーの?」
「……」
こん野郎もういちど叫んでやろうか。さっきは運良く誰もこなかったからいいけど、もし他の人がこの状況見たら不利になるのはあんたなんだからね!! フッフッフ、女の子を怒らせたら怖いんだぞ!
おっと怒りに流されちゃ駄目よ玲那。ここはクールに返そう。そうあたしは大人だから。騒いだところで彼はあたしの反応を面白がるだけだ。
「……はあ。ねえあなた、女の子にイタズラしにきたの? もう下校時間過ぎてるんだし早く帰れば?」
「“女の子”……?」
……あれ、あたし今なんで笑われたの。
彼は持っていたスマホをあたしに放って返すと、保健室を出ていこうとする。スルーですか。そうですかあたしは空気ですか。
扉の取手に手をかけ、がらりを横に引く。今度会ったら仕返ししてやろうと思って横顔を睨んでいると、ふと彼の額にうっすら汗が滲んでいるのが見えた。今は十一月。残暑もなくなって涼しいくらいだ。かといって運動をしてきたという風には見えない。
…………あ、もしかしてこのひと……
「具合い悪いの?」
そもそも具合い悪いから保健室(ここ)にきたってことだよね……。
「あたし薬の場所知ってるからよかったら出すけど……先生帰っちゃったし……」
「いい」
ぽつりと否定の言葉を発したあと、彼は“それに……”とこっちを振り返りながら続けた。その顔には、憎たらしいほどの嘲笑を浮かべて。
「仮病、移されたくないから」
言い終えると彼はピシャリと扉をしめて出て行った。
「……」
夕暮れ時、オレンジ色の光が保健室を照らす。一人むなしく取り残されたあたしは、呆気にとられままましばらく声が出なかった。
でもひとつだけ心の中で強く決めたことがある。
今度保健室で寝るときはちゃんと鍵しめてからにしようって。