【亜子サイド】


 放課後。

 クラスメイトも先生も出払った教室で、私は一人残っていた。

 茜色の夕陽が私を真っ直ぐに照らしている。

 少し顔をあげれば眩しい明かりが目をくらませる。

 私はこの空間が好き。

 私の呼吸する音と、時計の針がちくちく動く音しか存在しないこの空間。

 静かで少しだけ寂しい。

「お待たせー」

 気の抜けたような声とともに静寂は破れ、私の中の冷静も崩れる。

 目の前に座った小野先生の、伏せた目が美しい。

 一層賑やかになる心臓の辺りを制服ごと握る。

「...じゃ。始めてください」

「はい」

 シャーペンに伸ばした右手がちょっとだけ震えている。

 好きな人が前にいるだけで、こんなに緊張するんだ...。

 追試テストは単元テストと似通った内容だけど、捻った問題もあった。結構難しい。


 考えながらゆっくりゆっくり解いていく。


 出来ないのもあるけど、この時間が終わってしまうのが勿体無くて。

 中々終わらない私を先生はじっと見守ってくれている。

 なんとなく視線をあげると、先生と目が合う。

 そのまま逸らすことが出来なくて、じっと見詰め合った。

 どくどくどくどく

 心臓から送り出される血の量が2倍に増える。

 思わずシャーペンを握る手に力がこもってしまう。

 数十秒そうしていた。

 先生がふっと微笑んで視線を机に落とす。

 私の知らない、大人の微笑み。

 金縛りから解けたみたいに肩から力が抜ける。

 私も慌ててテストに取り組むけど、集中できない。

 言葉のない数十秒が永遠に続いてほしかった。