切ない春も、君となら。

「じゃーん! 杏、今日もお母さんに爆弾おにぎり作ってもらったーっ!」

そう言って伊川さんが両手に持つのは、伊川さんの顔と同じ位の大きさはあるんじゃないかってくらいの大きな真ん丸おにぎり。
こんな大きなの、よくリュックに入ったな!


「おー、相変わらずだな、杏のお母さんは!」

基紀君が感心した様にうんうんと頷く。
相変わらず、ということは、お弁当の時はいつもこういう感じなのだろうな。


するとおにぎりを頬張っていた伊川さんが、ふと私のお弁当箱の中身をじーっと見つめる。

ど、どうしたの? と聞くと。


「この卵焼き、美味しそう!」


身を乗り出して、そう言われる。


ちょっと驚いたけど、「良かったら食べる?」と聞いてみると、「いいの⁉︎」と目を輝かせる。

お弁当は爆弾おにぎりのみだったらしい彼女は箸を持っていなかった様で、右手でひょいっと卵焼きを掴み、口の中にポイッと放り込む。
基紀君が「お行儀悪いぞ」とツッコミを入れるけど、伊川さんはそれを気にする様子はなく、


「お〜いしーっ‼︎」

と大きな声でそんな感想を言ってくれた。


「へえ。春日のお母さんってご飯作るの上手なんだ?」

伊川さんの反応を見て、基紀君がそう言ってくれるけど。


「えと。私のお母さんお弁当とか作ってくれないから、これは自分で作った」

私が金髪にした頃から、お母さんは私を気に掛けることが少なくなった。
毎日の朝ご飯や夕ご飯は作ってくれるけど、お弁当は妹の分しか作らない……とは皆には言わないけど。


でも皆が、「自分でお弁当作るの偉い」とか、「凄い」とか褒めてくれて……きっとお世辞なのに、嬉しく感じる。


すると伊川さんが。


「卵焼きほんとに美味しいよぉー。チカオも食べてみ!」

と、卵焼きをもう一つ掴み、今度はそれを近田君の顔の前に差し出す。


「お前、俺のことチカオって呼ぶのマジでやめてくれない。
ていうかその卵焼き、お前のじゃなくて竹入の昼飯だろうが」

近田君そう言うけど。


「つ、作り過ぎちゃったから良かったら食べて?」


何となく。近田君に食べてほしいと思った自分がいる。