オオカミ社長は恋で乱れる

「君は子供が・・いるのか?」

「え?・・あ、はい」

「・・・そうか」

私の答えを聞いた途端、息を吐き出すように声が少し低くなったのを感じた。

ああ、自転車のチャイルドシートがついているしね。

でもわざわざ聞きたいことって子持ちだってことなのかな?

そんな疑問が私の脳裏に浮かんだ。

「今回君に怪我を負わせてしまったことについて、ご家族に改めて説明しないといけないな」

「え・・大丈夫です」

「いや、妻に怪我を負わされたらご主人だって心配するだろう」

その言葉に胸がツキっと傷んだ。

ご主人という存在がない私には、謝って頂くような存在なんていない。

「その必要はありません。私がそちらの車にぶつかってしまったわけだし。それに・・」

「それに?」

言いよどんだ私に、『ん?』と低く落ち着いた声でその先を聞いてくる。

でもあえて言いたくはない言葉。初対面の人になら余計にだ。

でも今回のことは私の起こしたことだから仕方がない。

被害を受けた側がここまでしてくれたのだから、隠すことなく伝えないといけない、そう理解して正直に話すことにした。

「あの、主人と呼ばれる存在はいないんです。結婚をしていないので、私には夫がいません。だから謝って頂くとかそういう人はいません」

「結婚して・・いない?」

電話越しに驚いた声が耳に届く。

「はい・・いません。シングルマザーなんです。両親とも疎遠なので、本当に家族は子供達しかいません」

「子供達?」

「はい、双子なので」

「・・・そうか」

「だから本当に心配して頂く必要もないんです」

自分で言いながら恥ずかしくなる。

自分にとって心配してくれる存在が1人もいないと告白しているのだから。

聞こえないように小さくため息をつくと、耳に『フー』と息が抜ける音が聞こえた。

それと共にさっきまでとは違う、やや明るさを含んだ声に変わったのを感じた。

「そうか、分かった。それなら遠慮する必要はないな。すまないがこれからそっちへ行ってもいいか?」

「・・・・・は?」

突然何を言いだしたのか理解できず困惑の声をあげると、相手は全く気にした様子もなく話を進める。

「怪我の様子を見るだけだ。見たらすぐ帰る。心配だったんだ、君のことが。ダメか?」

その『ダメか?』が耳に甘く響いてしまって、お断りの言葉を考えることができなかった。

何だろう・・この感じ。

思考力の鈍くなった私は、ただ「・・はい」と返事するだけだった。

「すぐに行く」

そう言葉を残して通話は切れていた。