オオカミ社長は恋で乱れる

高級感漂う社長室。

プレジデントチェアに鎮座するオオカミ社長の異名を持つ目の前の男。

その手元からは今流行りのアニメ曲と幼い子供の掛け声が聞こえてくる。

なんとなく・・・いや、確実に何の音声か想像できる。

目の前のオオカミのはずの男は精悍さを崩し、目を細め口元に笑みを浮かべながら手に持っているスマートフォンを眺めている。

「コーヒーお持ちしました」

淹れたてのコーヒーを社長のデスクに置くと、「ありがとう」と言ったけど視線はスマートフォンに向けられたまま。

夢中らしい。

「先日の運動会ですか?」

「ああ、そうだ」

ですよね。そんな笑みを浮かべて夢中で動画を見るなんて、清水さんとお子様達以外の事以外ありえない。

そして手元の動画は一昨日の運動会のものだろう。

「運動会に間に合ったようで安心しました」

「全然間に合ってない。本当は開会式から見たかったのに。かけっこも玉入れも見逃したんだ」

さっきまでの笑みは消え失せて仏頂面を向けてくる。

はいはい、そうですよね。それはもうお子様達の運動会を楽しみにされていましたからね。

全部録画すると仰ってましたし。

急遽取引先との商談の日時変更を求められ、社長にお伝えしなければいけなくなった時の私の気持ち・・・社長に分かりますか?

これでも交渉して早朝のお約束を確保したんですよ。

前日の夜に向かい、翌日少しでも早く商談を締結して帰れるように。

伝えた時のフリーズした顔。息も止まってましたね。

フリーズが解けたかと思ったら、今度は魔王の様な表情になり不機嫌をまっしぐら。

それでも社長という立場から承諾してくれたけど、終業後にご自宅へ帰られた後「どうにかならないか?」と普段聞けない憔悴した声で電話してきたのには驚いた。

そのそばで凛さんも泣いているご様子で。

仕事の鬼もお子様に泣かれては牙も折れてしまったのだろう。

『どうにかならないか?』と言われて困っていると、電話の向こうから清水さんの「優貴さん、ダメですよ。佐賀さんを困らせては」と優しく諭す声が聞こえてきた。

すると諦めた様に「すまなかった・・」と聞こえてきたけど、あれは清水さんと私のどちらに謝罪したのか・・・その場は私に言ったと受け取らせてもらった。

それにしても清水さんが常識人で本当に良かったと心から思った一瞬だった。

運動会前日の金曜日の夜、終業後に一度ご自宅に荷物を取りに帰った時、玄関からため息をついて出てきたけど、車に乗って様々な資料を見ているうちに仕事モードの顔つきになり、新幹線の中ではその他の仕事もパソコンで処理していた。

時々スマートフォンで清水さんやお子様達の写真を眺めていたけど、それくらいは苦笑しながら見ないふり。

すると「明日は最短でまとめて帰るぞ」と呟く声が聞こえ、「はい、承知しました」と応えれば、「親子リレー走るんだ!」と決意のお言葉が・・・。

はいはい。

その決意の通り、オオカミ社長は意のまま商談を進めたのだった。

早々に商談をまとめると、「この後会食でもいかがですか?」と声を掛けられたが丁重に断り、駅に向かい新幹線に飛び乗った。

その後私の車に乗れば「急げ!」と保育園に向かい、到着するや否やドアを乱暴に開け閉めして、グラウンドへと走って行ったのだった。

「お疲れ様でした」

相手のいない挨拶は、私の苦笑と共に消えていった。

そんなことを思い出してつい鼻で笑ってしまった瞬間、目の前のオオカミが「何がおかしい」とスマートフォンに向けていた視線と真逆のジト目を私には向けてきた。