「南〜、俺疲れたよ〜。授業疲れた」
授業終了後、廊下で椎に背後から突然抱き着かれ、
最初誰か分からず別の意味で心臓が高鳴った。
「……何の用ですか」
「この後昼休みだからさ、一緒にご飯食べよ」
あ、断っちゃ駄目だから。
椎はそう付け足し、「売店へレッツゴー!」と言いながら手を引っ張って売店へと連行された。
売店は昼食を買いにきた生徒達で混んでいて、昼休みが始まってから2分ほどしか経っていないというのに、もうパン争奪戦が
始まっていた。
いつもはお弁当なのだけど、今日に限って家に置き忘れた。登校してきた直後に絡んできた椎には言わないつもりがすぐにバ
レてしまい、普段から売店で昼食を摂っている椎に「やったあ、南と一緒の食べられる〜」と何度も言われたものだ。
「南、何食べたい? 焼きそばパン、マヨネーズパン、たまごパンとか。甘いのもあるよ」
「うーん。筋子」
「いやここパン専用。おにぎりはあっち」椎が廊下を右折した先にある食堂の方を指さす。
「じゃあコッペパン」
そう言うと椎は人混みの中に突進して行き、直後、誰のものともつかぬうめき声が上がった。
だが少しした後に柔らかい焦げ茶色の髪を乱れさせながら、コッペパンの袋を2つ両手にニコニコ笑った椎が押し
出されるように出て来た。
「ありがとう」
私の足元に崩れるように座り込んだ椎はペットの犬のように私を見上げ、うん、と再度人懐っこい笑顔を浮かべた。
かわいいな。
その頭をくしゃくしゃと撫でてやると、急に椎が真顔になり、
「南の嬉しいことは、全部俺にやらせて」
「、」
今の言葉の意味は何だったのか疑問に思う暇もなく、すぐに立ち上がった笑顔の椎に腕を引かれ、椎がいったい何を考えてい
るのか分からず、頭の中が混乱した。
中学が同じだけれど1度も話したことがなかった椎とこんなに話すようになったのは、丁度一年前の高1の入学式。たまたま一
緒の高校で、同じ高校の同級生がいなかった為、私に話し掛けたのだと後から聞いた。
私も私で入学早々ぼっち飯食べなければいけない状況だったので、正直話し掛けてきてもらえて嬉しかったが、その話し掛け
てきたタイミングが悪かったのを今でも覚えている。
それは確か4時間目の体育の授業終わり、同じグループになった女の子から「今日の体育大変だったね〜」と初めて話し掛けら
れて、返事をしようと言葉を選ぶ暇なく、
「そうなの、南ちゃん。今日の体育大変だったの? あららら、よーしよーし」
と椎が近所のマダムを真似るような口調で馴れ馴れしく頭をわちゃわちゃといじってきたのだ。
ある程度仲が良くてそれならいいと思うのだけれど、初めて。初対面とまではいかないけど、道端ですれ違った知らない人に
突然本名で名前を呼ばれるのと同じくらいの恐怖だった。
