「それでは、練習を始めます。今日もよろしくお願いします」

お願いします!と部員で気合を入れる。

指揮台にあるアルガンのようなハーモニーディレクターの前に立ち

「では、チューニングから始めます。低音グループから1人ずつ」

と言いながら、Bフラットを鳴らす。

今日もチホ先輩はクールビューティーだよね……

チューニングしながら、後輩のこそこそ話が聞こえてきた。

音楽で開花したのか、元からなのか、人のこそこそ話はよく聞こえてきた。

だから、人の理想のチホになろうとしていたのかもしれない。

「チホ?もう低音はみんな終わったから、チューニングのオクターブ上げて」

「あ、ごめん」

亜美が、どうしたの?と言わんばかりの顔をする。

なんでもないよと目線で合図を送る。

だめだ、ぼーっとしてちゃ。

音に集中する。

「では、課題曲から通します。先生が来たら自由曲からやります」

メトロノームをつけて、カウントをとる。

「そこ、もっとメロディうたって」

トランペットのソロから、伴奏が入ったところで風がぶわっと部室に入り込む。

「ごめん、窓閉めるね」

指揮台から身を乗り出し後ろの窓に手をかけた。

瞬間、向かい側の廊下にいた北條先生と目が合う。

「あ……」

先生の柔らかそうな茶色い髪と、私の細い髪が、同時にふわっとなびく。

同じ瞬間に同じ風を感じた。




たったそれだけで、私の心はざわついた。



先生が目を細め、軽く手を上げた。

私も手を上げかけ、はっと我に返る。

私、今手を振ろうとしたの?

こんな離れた所から、しかも部活中で、みんながいて……。

窓を閉めて振り向くと、亜美がにやっと笑う。

あとでつっこむぞって言ってる絶対。