「恋かぁ」

「なんだ急に」

中学時代を思い出して心がずぅーんと重くなった。

実際、あの時から恋をすることが怖かった。

いいなと思った人がいても、誰にも言えなかった。

亜美にさえ。

それくらいけっこう私の中ではキてた。


「んじゃ、今日部活サボって街行く?カレシゲットしちゃう?」

クラリネットのケースを掲げながらニカっと笑う亜美を、じとっと見る。

「ん、そろそろコンクールモードだから練習行く」

「我が部のコンマスは真面目ちゃんか」

亜美は、はははと笑うけど、亜美だって本当は練習サボるつもりもないことくらい分かってる。

亜美は吹奏楽部の部長で、私もパートリーダーとコンサートマスターを兼任している。

「部活が恋人です」

「うわ出たよ、仕事が恋人です的な」

「あ、コンクール前に髪切ろうかな」

「待って、話飛びすぎ。ていうか、本番ポニーテールだから切らないで」

部室までの廊下をわいわい歩いていると、向こうから見覚えのある頭が歩いてくる。

「あ、青年」

「は?」

この前会ったときと同じようなスーツ姿で、髪は茶色、ゆるいウェーブがかかっている。

「気を付けて帰れよ~」と笑った顔は、記憶と合う。

「やっぱチャリの青年」

「え、すごい見てる。なに?」

苦笑いをする青年は、大学生のような印象だった。

「あ、えっと、この子がこの前、先生?とぶつかりそうになったというか、轢かれそうになったらしくて」

あぁ、と頷きながら、また笑った。

「先生?ってなんでハテナなの?先生だよ。北條先生と呼びなさい」

今、先生っぽいこと言ったよな?と北條先生は胸を張る。

「この前は悪かったね。練習頑張れよブラバン!」

ヒラヒラと手を振る。

「あ、ブラバンってやめてください、吹奏楽部です!」

亜美が食いつくと、へへっと笑う。

「すんませーん、吹奏楽部の生徒さん、頑張ってな~」

「はーい、行こ、チホ」

ペコリとあいさつをして、亜美に続く。