「それでは…遥か昔に忘れ去られた物忘ノ蛇神様、そのお話をさせて頂きませう…」

そう言って一つのロウソクに火をつけた。
そのロウソクには頭が二つに分かれた蛇の絵が書かれていた。

「その蛇神様は、もう七百年程前に南の方の森林で祀られておりました…

神社とは名ばかりな、ひときわ暗くとても大きい洞窟の中、
そこに祠を建てておりました。

そこには物忘ノ神であふ蛇神様が居られましたわ。

それはそれは美しく、そして妖しい神様ですわ。

性格も穏やかで、その蛇神様の眼をしばらく見つめていると、辛かった悲しかった思い出がうすーく、まるで煙のように薄れていくのです。

人々は蛇神様のお陰で日々を明るく過ごしておりましたわ。

だけども、そんな穏やかな蛇神様も祠の中に入る事だけは許さなかったのです。

一度、祠に入ろうとしたものが蛇神様に睨まれて今まで生きてきた数十年、全ての記憶がまるで抜け落ちたのです。

それはとても恐れられましたわよ。

でも、祠に入ろうとしなければいいのです。

言いますでしょう?
触らぬ神に祟りなしって…

それから暫く、誰も祠には近寄りませんでしたわ。

蛇神様も今までと変わらずに穏やかなままでしたわ。

そこに住む人々は皆、
「私達の神は、どの神よりも美しく優しい、まるで流れる雲のように滑らかに移動なさるその姿は、新雪の様に美しい純白で、まるで朝日の様に燃え盛る紅の眼には心が震える、私達の体よりも大きなその体は、まるで私達を様々な物から護っているようだ」
と…」


そこで私は眉をしかめた。
朝日の様に燃え盛る紅の眼…
それはこの置物のようだが…

「あら、お気づきになりまして?」

そう、私は気付いた。

「物忘ノ神は、双頭では無かったんですか?」

また悪戯に笑う店主。

「ふふふ、まぁ続きをお聞きなさいな…」