俺は恐る恐る「彼女の名前って?」声が震えているのが自分でも分かった。星が口を開くのが怖かった。鈴音とだけは言わないで欲しい。それだけを思っていた。星は「鈴音。花巻鈴音。」確かにそう言った。俺は言葉が出なかった。今俺の隣にいる星は、俺の好きな人の彼氏。俺は星のことを直視出来なかった。直視したら、俺は星に何かしてしまうと思ったから。星の口から出たすずの名前が俺の頭の中でリピートしている。立ちすくむ俺の耳に酷く懐かしい聞き覚えのある声が聞こえた。「風見くん!」俺は衝動的に彼女から見えない位置に隠れた。すずの声が聞こえた、「風見くんてここでバイトしてたんだね!家から近いのに全然知らなかったよ。」「そうだな花巻。花巻の好きなレモンティー買ってやるよ。」星は照れたように頭をかきながら言った。すずは「本当?ありがとう!」と俺の知っているあの頃とは違う可愛らしく、大人っぽい笑顔で言った。すずはレモンティーが好きなのか…。俺の知らないすずのことを知っている星にムカついた。すずはレモンティーを飲みながら、「花巻ていうのもなんか堅苦しいし、鈴音って呼んでよね?星?」少し顔を赤くして言った。「分かった。鈴音…。」そう言う星が羨ましかった。俺はすずとしか呼んだことがないのに星は"鈴音"と呼んだ。すずの好きなものやすずのLINE。すずの夢をきっと星は知っている。星は今の俺より、ずっとすずのことを分かっている。俺は星に負けた。その事が何より悔しかった。すずの幸せそうな顔を見て喜べない自分にも腹がたった。この街に住んだのもこの家に住んだのも全部…全部すずに会いたかったからなのに俺は会いたくなかった。そう思っていた。学校でもイライラした。星とは会う気にはなれなかった。だからバイトも行かないことにした。俺は圭の所属するバスケ部の練習にかたった。何かをしていないと、星やすず。いや花巻鈴音のことを思い出してしまうから。いつもより遅い時間に帰る道を歩いている。車の通りもほとんど無く、シーンと静まり返っている。ふと頭によぎる花巻鈴音のニコッと笑った顔。小学生のころすずの笑顔を作っていたのは間違いなく俺だった。でも今のすず。いやこれからのすずの笑顔を作るのは星。それにとても腹がたった。俺はもう星にもすずにも会いたくなかった。だからバイトを辞めた。すずの記憶を頭から消そうとした。
