「もちろんですよ! あの日は本当に大変でしたね。大学の講義が全部休講になりましたし」

「やっぱりどこもそうだったのね。うちの子の中学校も休みになったんだけど、あの時ばかりは息子がいなかったら一日中家から出られないところだったわ」


あの日に限って旦那が出張中でいなくて、と懐かしそうに呟き、湯飲みに口を付けた。

佐藤さんの言う〝家から出られない〟という話は、嘘でも冗談でもなく紛れもない事実だ。


「ーーあんなに外が真っ白になったのは、初めてでした」


降り積もった雪が道路や家や車、つまり家の外に見えるもの全てを覆い尽くしてしまい、私もしばらく家から出ることができなかったからだ。


両親と必死に雪寄せをしたことを思い出していたら、思わず身震いしてしまった。今は夏だというのに、何だか可笑しい。


「だから私はあの日出勤できなかったんだけど、三人はちゃんと出勤したらしくて驚いたの!」

「え?! そうなんですか?」


三人というのは、所長と小林さん、村山さんのことだろう。あの日は街中がまともに機能していなかったはずなのに、信じられなかった。自分の親でさえ、雪かきに追われて午前休を取っていたのだ。


「朝からどうしても外せない案件があったとかで。……真面目なのも困りものよねえ」


(ーー社会人は、やっぱり大変だ)


残りのお茶を口にすると、底の方に溜まっていた独特の苦味だけが私の味覚を支配した。