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焦げた焼き魚や繋がった沢庵を食べ終わり、「俺が洗う」と言い張る瀬良先生を半ば強引にキッチンから追い出した私。

だって、瀬良先生に任せるとお皿を割ってしまいそうなんだもん。

しかも、落として割るっていうより、洗う力が強すぎてお皿が割れるって感じ。

「わりぃな…」

申し訳なさそうに頭をポリポリと掻きながら瀬良先生が言った。

「お世話になってるので、これから家事全般は私にさせて下さい」

「いや、そんなわけにはいかねーだろ」

「瀬良先生が不器用すぎて見てられません」

私は腕組みをして瀬良先生をじっと見上げる。

「あー…、じゃあ、お願いします」

瀬良先生が「俺の負け」という顔で、ペコリと頭を下げた。

「はいっ。任せて下さい」

この家で私の仕事が出来て、なんだか居場所をもらったような気持ちになる。

嬉しい。

今までママに必要とされて来なかった私が、瀬良先生に必要とされるなんて…。

誰かに必要とされることが、こんなに嬉しい事だったなんて。

私はニコニコしながら洗い物を済ませる。

瀬良先生には「そんなに洗い物が好きなのか?変わった奴だな」なんて言われた。

分かってないなぁ。

瀬良先生の役に立ててる事が嬉しいんだよ。

なんて言ったら、瀬良先生は困っちゃうかな?

一通りの家事を終えて身支度を済ませた私は、瀬良先生と一緒に家を出る。

「気をつけて行けよ」

エントランスで瀬良先生が、私の頭をポンポンとして言った。

「こ、子供じゃないですっ///」

「まぁ、そう言うことにしておいてやるよ」

と瀬良先生は「ククッ」と笑いながら、ひとり駐車場へ向かう。

「もうっ、からかってばかりなんだからっ///」

………カシャ

ん?

私は何か音が聞こえたような気がして、周りをぐるっと見渡した。

「気のせいかな?」

何も無かったので、気にせず私は駅に向かって歩き出した。

慣れない風景にまだ少し戸惑うけど、新しい生活が楽しくてそんなことは苦にならなかった。

ママの事が気にならないと言えば嘘になる。

ーーーでも、あの家にまだ帰る気にはなれない。

ママがあの男と別れて、私を迎えに来てくれるまで私は帰らない。

瀬良先生には迷惑を掛けるけど、もうしばらくの間だけ瀬良先生の家に置いてもらうつもり。

瀬良先生…私、家事を頑張るから許してね?

でも、あまり長くは迷惑になるから、次の行き先も考えないとな…

なんて思いながら歩いていると、急に誰かに腕を掴まれ細い路地へ引きずり込まれた。

「は、離してっ‼︎」

私は何が何だかわからず、ただ必至に暴れて腕を振り払う。

「大人しくしろっ!陽菜っ!」

凄い力で両手首を掴まれ壁に押し付けられた。

私は一気に血の気を失う。

だって、今、私の目の前にいるのがーーー

あの男……

ママの彼氏だったからーーー

「陽菜ちゃん、久しぶりだね」

アイツが不敵な笑いを浮かべながら、私の顔をじっと見つめる。

「いや…は、離して」

余りの恐怖に私の足はガクガクと震え出した。

「どうしたの?足が震えてるよ?いつもは強気な陽菜ちゃんなのに珍しいね」

気持ち悪いほど、ねっとりとした口調で話すアイツ。

「….お願い、離して」

今度は声まで震え出す。

「怯えちゃってぇ、可愛いなぁ」

アイツはニヤニヤと笑い、唇を舐めながら私に顔を近づけてきた。

もう、ダメだ。

そう思った瞬間ーーーーーーー

掴まれていた両手首が解放され、アイツが後ろへ吹っ飛ばされていた。

「大丈夫かっ、藤崎っ」

その声をその姿を見て私は涙が溢れ出す。

「瀬良先生っ」

私は目の前にいる瀬良先生に抱きついた。

「遅くなってゴメン」

瀬良先生は、ぎゅっと強く私を抱きしめ返してくれる。

「なんだよっ!またお前かよっ!!何度俺の邪魔をしたら気がすむんだよっ!」

尻もちをついていたアイツが勢いよく立ち上がり、瀬良先生に殴りかかってきた。

瀬良先生は私を抱きしめたまま、ヒョイッとアイツのパンチを交わす。

そして、私の後頭部をグッと自分の胸に押し当てると同時に、瀬良先生の腕が動いたかと思うとガツッと鈍い音とドサッとアイツが倒れる音がした。

瀬良先生の胸が顔に押し当てられていて、私には何も見えない。

きっと、瀬良先生はワザと見えないようにしてくれたんだと思う。

「藤崎…お前、ちょっとそこの角で待ってろ。車で学校まで送るから」

「でも…」

私が不安げに瀬良先生の顔を見上げると、瀬良先生はニカッと笑い、「大丈夫。直ぐに行くから、安心して待ってろ」と言った。

私はコクンと頷いて、瀬良先生に言われた通り角に向かって歩く。

まだ、足が震えている。

怖かった。

瀬良先生が来てくれなかったら私……

そう思うと全身が凍り付く。

これからもアイツに付きまとわれるのかな?

どうしたらいいんだろう…

怖くて外を歩けないよーーーーー