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トン、トン、トン…


早朝、まな板の上で何かを切っている音で目が覚める。

私はパジャマのまま、ぎこちない音が聞こえてくるキッチンへと向かった。

………え?

そこにあった光景を見て私は驚く。

だってーーー

「瀬良先生、何してるんですか?」

「おー、おはよ。何って料理してるんじゃん」

朝早くからキッチンに立って、瀬良先生が慣れない手つきで朝ご飯を作っていたから…。

「そんなことは私がしますよっ」

「あー…、まぁ…昨夜は一緒に飯が食えなかったから、その詫びというか…」

そう、昨日の夜は瀬良先生の帰りが遅くてご飯を一人で食べた。

一人でなんて慣れているはずなのに、瀬良先生とリュウさんと一緒に食べたご飯が美味しくて…

一人で食べることが寂しくて…昨日の夜は泣きそうになった。

でも、泣きそうになったのは、それだけが原因じゃない。

だって、昨日の夜はきっと…

瀬良先生は雨宮先生と一緒にいたはず。

牧野くんが「雨宮先生は瀬良先生を狙ってる」って言ってたもんね…。

「昨日は、一人にさせて悪かったな」

黙って下を向いていた私の頭の上に、優しくポンッと手を置いた瀬良先生。

その温かさに触れた私は、なにかピンっと張り詰めていたものが切れて涙が溢れ出した。

やだっ、なんで涙なんて出てくるの?

泣くつもりなんて無いのにっ。

こんなのズルいだけじゃんっ。

私は泣き顔をこれ以上見られたくなくて、キッチンを出て行こうとした。

なのにーーー

「…ごめんな」

背後から優しく抱き締めるなんて…

反則だよ…。

瀬良先生は何も悪くない。

私が勝手に寂しがって、勝手にヤキモチを妬いているだけなんだから。

「別に…瀬良先生が謝ることなんて無いです。
私はここに置いてもらえてるだけで、すごく感謝してます」

私は涙を手の甲でゴシゴシと拭いて、冷静さを取り戻そうとした。

「バーカ、お前はもっと俺に甘えろよ」

瀬良先生はクルッと私の体を180度回転させて、正面を向かせる。

「俺がお前を守るから」

瀬良先生は私の目を真っ直ぐに見て言った。

そんなこと言っちゃダメだよ…

どんどん瀬良先生のことを好きになっちゃうよ?

私、自惚れちゃうんだからね。

「チャ…チャラいです///」

私は照れ隠しに少し惚けてみる。

「プハッ、お前なぁ…俺が真面目に言ってんのに茶化すなよ」

瀬良先生はニカッと笑い私の髪をクシャクシャッとしてから、お皿をリビングへ運んで行く。

もうっ、瀬良先生のそういう笑顔に弱いんだって///

さっきからドキドキしてる私の心臓を何とかしてよね///

「あと、お前さ」

瀬良先生がリビングから私に背を向けたまま言った。

「はい?」

どうしてこっちを向かないんだろう?

いつも目を見て話せって私には言うくせに…

「俺も一応男だから、そんなラフな格好であんま家の中ウロウロすんな///」

後頭部をガシガシと掻きながら言った瀬良先生。

……え?

瀬良先生、照れてる?

ってか、ラフな格好?

私は自分の姿を確認してみる。

ーーーーーっ///⁈

私っ、パジャマで、しかもノーブラっ//////

「それっ、セ、セクハラだからっ///」

その一言だけ言って、慌てて部屋へ駆け込む。

リビングからは「ククク…」と瀬良先生の笑い声が聞こえてきた。

「もう…なに笑ってるのよ///」

私は閉めたドアにもたれながら思う。

こんな幸せな時間は長く続かないことは分かってる。

でも、ずっと続いて欲しいって思うのは仕方ない事だよね?