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お昼休み。



私は保健室の前に立っていた。

手に持っているコンビニの袋をぎゅっと握りしめる。

瀬良先生…一緒にお昼ご飯、食べてくれるかな?

いや、普通はダメだよねっ。

体調が悪いわけじゃないしっ。

瀬良先生に迷惑かけちゃうよね?

私が、保健室に勇気を出して入るか教室へ戻るか葛藤していたら…

「お前、そんなトコに突っ立って何してんの?」

背後から聞こえてきた瀬良先生の声にドキッとなり私は固まる。

「プハッ、なに固まってんだよ。やっぱお前って面白いな」

「別に固まってません」

嘘です。ガチガチに固まってます。

だって、瀬良先生のことが好きって気付いちゃったんだもん///

「そんなトコに突っ立ってないで入れよ。一緒に飯食おうぜ」

瀬良先生は私の背中にポンと軽く触れてから、保健室のドアを開けた。

私は更にドキドキしながら、瀬良先生の後について保健室に入る。

二人っきりの保健室は静かで、私の心臓の音が瀬良先生のところまで聞こてしまうんではないかと思ってしまう。

「ココアでいいか?」

瀬良先生がカップを片手に持ちながら言った。

「…はい///」

私が下を向いたまま返事をすると、瀬良先生がスタスタと近づいて来て、私の頬を両手で包み込みグイッと上に向けた。

「ーーーっ//////」

「返事は相手の目を見てするんだよ。分かったか?」

「わ、分かったからっ、離してっ///」

「ん?お前、顔が赤いな。熱でもあるんじゃねーの?」

そう言った瀬良先生は、私の頬に手を当てたまま、グッと顔を近づけ額を合わせた。

な、何してんのっ⁈

私の心臓がっ、心臓がドキドキしすぎて飛び出しちゃいそうだよっ///

「少し熱いな。飯食ったら少し寝てくか?」

「だ、大丈夫です///」

だって、私の体温が高いのは瀬良先生の所為だから…

私は瀬良先生のことが好きなんだよ?

あんまり優しくすると誤解しちゃうんだからね。

私は瀬良先生をじっと見つめたまま、心の中で告白する。

すると、瀬良先生が私の頬から手を離し、軽くデコピンをした。

「いたっ」

「バーカ、そんな目で見つめんなよ。喰っちまうぞ?」

「セ、セクハラだからっそれっ///」

私はオデコに手を当てながら、今度は必死に自分の気持ちを隠す。

そんなこと言われたら、私、本気にしちゃうよ?

そしたら、瀬良先生は困るでしょ?

「俺に惚れんなよ?」

なんて笑いながら言う瀬良先生。

もう、遅いよ。

この気持ち…もう、消すことなんて出来ないからね。

「ほら、早く飯食わねーと昼休みが終わっちまうぞ」

瀬良先生は、何も無かったかのように椅子に座りお昼ご飯を食べ始めた。

頬に手を当てたり額を合わせたりなんてこと、瀬良先生にとっては、どうってことないんだね。

私はこんなにもドキドキとして、心臓がどうにかなっちゃいそうなのにさ。

私が椅子に座ってコンビニの袋を開けたとき、ガラッと保健室のドアが開いた。

瀬良先生と私はドアに目をやる。

「やっぱり、ここに居た」

ドアを開けて入ってきたのは、爽やかな笑顔の牧野くんだった。

「バスケ部のイケメン、どうした?体調不良か?」

瀬良先生が焼きそばパンをかじりながら言う。

「藤崎さん、僕も一緒していいかな?」

牧野くんは瀬良先生ではなく、私に向かって返事をした。

「うわっ、シカトかよ」

瀬良先生は舌を出しながら中指を立てた。

瀬良先生…それ、先生がやっちゃダメなやつです。

「養護教諭がそんなことしていいんですか?」

牧野くんが呆れた顔で瀬良先生を見ながら言った。

「俺は俺だから。そんなの関係ねーよ」

足を組み替えながら俺様発言をする瀬良先生。

なんだか、さっきからこの二人の間の空気が重たいような気が……

「とりあえず、座ってご飯を食べたらどうですか?」

「ってことは、僕もここで一緒に食べていいってことだよね?」

ニコッと爽やかな笑顔を私に向けてから、椅子に座ってお弁当を広げた牧野くん。

大きなお弁当箱の中には、卵焼きや唐揚げ、インゲンの胡麻和えに金平ごぼう。

お母さんが牧野くんの為に、一生懸命に作った愛情たっぷりのお弁当。

最後にママがお弁当を作ってくれたのって、何年前だったっけ…?

もう、思い出せないほど昔のことだな…。

「何か食べる?」

私がじっとお弁当箱を見ていたせいか、牧野くんが気を使って言ってくれた。

それなのに、私の胸はなんだかズキッと痛む。

牧野くんは好意で言ってくれてるのはわかってる。

わかってるけど…

私が食べたいのは、牧野くんのお母さんが作ったお弁当じゃ無くて…

「…要りません」

「どうして?遠慮しないで」

違う。

遠慮なんてしてない。

「要らないって言ってるでしょっ」

何も悪くない牧野くんにイライラして、つい言葉がキツくなる。

「…藤崎さん?」

さっきまで爽やかな笑顔だった牧野くんの顔色が、私のせいで曇ってしまった。

二人の間に気不味い空気が流れる。

「藤崎、今のはお前が悪い。牧野に謝っておけ」

瀬良先生が、普段は余りしない真面目な顔で言った。

私が悪かったのはわかってる。

でも、親から愛されている牧野くんが羨ましくて…腹ただしくて…

「藤崎さんは悪くないですよ。僕がしつこかったんです」

下を向いて黙っている私を牧野くんが庇った。

「んなわけねーだろ。コイツを甘やかすな」

「僕がいいって言ってるんです。瀬良先生には関係ないと思います」

「お前、ほんと残念なイケメンだな」

はぁ…と溜息をつき席を立ち上がった。

そして、私の隣に来た瀬良先生は、しゃがんで私と目線を合わせる。

「お前は可哀想な奴じゃない。どんなことがあっても、卑屈にだけはなるな。人として腐っちまうぞ。わかったか?」

真っ直ぐに私を見て叱ってくれる瀬良先生。

…そうだよね。

卑屈になんかなっちゃダメだ。

私は無意識のうちに、自分は可哀想な人間なんだと思ってしまっていた。

そうじゃないよね?

「牧野くん…ごめんなさい」

私は頭を下げて素直に謝る。

「ううん、僕の方こそ」

そう言ってくれた牧野くんは、何故か腑に落ちないような表情をしていた。

「ぷっ、拗ねるなよ。イケメンの牧野くん」

瀬良先生は牧野くんの背中を、ポンポンと叩きながら楽しそうにしている。

「べ、別にっ、拗ねてなんていませんっ///」

牧野くんは何故か真っ赤な顔をしながら、瀬良先生の手を払った。

「ククク…」と意地悪そうに瀬良先生が笑っていると、ガラッと保健室のドアがまた開いた。

「あら、あなた達、こんなところでお昼を食べてるの?」

ドアを開けて入って来たのは、英語の雨宮先生だった。

今日も教師とは思えないくらい、ピタッと身体のラインが出る服装で色気を振り撒いている。

「どうかしましたか?雨宮先生」

瀬良先生が雨宮先生のところへ寄って行くと、雨宮先生は私と牧野くんの方を見て

「ここじゃ、ちょっと…」

と小声で瀬良先生に言った。

「じゃ、少し場所を変えましょう」

そう言って瀬良先生は、雨宮先生と保健室を出て行ってしまう。

瀬良先生ってば、鼻の下伸ばしちゃってさ、何よっ。

あんな香水プンプン匂わせて、ボディラインをガンガンに見せちゃった女のどこがいいのよっ。

「雨宮先生が瀬良先生狙いって噂、本当だったんだね」

牧野くんが私の顔を覗き込みながら言った。

「…私には関係ないです」

「本当に?」

心配そうな表情で私をじっと見ている牧野くん。

「何が言いたいんですか?」

「本当にそう思ってくれてたら嬉しいな///」

「意味がわかりません」

「ホント、鈍感だよね…」



この後、瀬良先生はすぐに保健室へ戻って来たけど、家に帰って来たのは夜遅くになってからだった。