イノセント


「Victor・fon・Lennonford、どうぞ こちらへ。」

聖職者のような人が私の名を呼ぶ。

この名を呼ばれるのは久しぶりだ。

獄中で過ごした数年間は ファーストネームのイニシャルで呼ばれていたから。

私は最期に

「今まで、お世話になりました。
有難うございました。」

と周りの囚人の皆に言ってから、呼ばれる方へと向かった。

教会の鐘が鳴るのは12:00。

その時間に処刑なのだとすれば、呼び出されるのが 早すぎるような気がする。

教会の鐘は9:00、12:00、15:00、18:00に鳴るようになっている。

今から9:00の鐘には間に合わないだろうから 12:00に処刑が執り行われるのは確かだろうが……まぁ、気に留めるまでのことでもないか。

どうせ、その時間までの私の行動に自由はないのだろうし。

導かれるままに従うのみ。

別室に通され、先程の聖職者に遺書を書くように言われた。

丁度、その部屋には小振りの机と椅子がある。

遺書を書くよう言われても分からない。

何を書くことが正しいのか。
罪人である私が 未来に希望を託し、その内容を書いたとして 許されるのか。

机と遺書に向かったまま、小一時間が過ぎた。

その間に書いたのは我が名のみ。

私の様子を見兼ねた聖職者は 用意されている桶に張られた水で身を清めるよう言った。

水の表面に映った自分の姿を これ程醜いと思ったことはない。

髪も髭もだらしなく伸ばしたままで 色も濁っている。

そんな自分を認めたくなくて 直ぐに腕に水をかけた。

長年の汚れで水の色は直ぐに変わってしまう。

タオルで皮膚を擦ると 垢がポロポロと剥がれ落ちた。

途中、水を何度か張り直してもらい 少しは綺麗になった私は用意された服を着た。

死刑囚の姿がそこにはあった。

処刑の時間は刻一刻と迫っている。