いつものように、来店した天くんが、帰り際に「それじゃ、また来ます、直さん」と言った。

「あ、そうだ天くん。私、明日来ないよ」
「えっ!なんでですか?」
「ばあちゃんが怪我して、お見舞いに行くから、休み貰ったんだよ」

隣町に住んでいるばあちゃんが、先週、電球を替えようとして登った椅子から落ちて怪我をした。
ばあちゃんは、一昨年の冬にじいちゃんが肺炎で亡くなって以来、一人で暮らしている。
幸い足を捻挫しただけで、日常生活に支障はなく元気だが、高齢なので色々と心配だ。
連絡を受けてすぐに母さんが見舞いに行ってきて、あんたも顔見せに行ってきなさいと言われていたのだ。

「僕も!僕もお見舞い連れてってください」
「いやいや、なんでやねん。君関係ないだろ」

そう言うと、あからさまにショックですって感じで目も口も大きく開ける天くん。

「たまにはコンビニ以外のとこ行きなよ。てか君は就活とかしなくていいのかい?」
「直さぁ〜ん…」

捨てられた子犬のような声を出して見つめてくる。

「そんな顔しても駄目なもんは駄目。連れてかないよ」

私の言葉に天くんはもう一度、ショックを受けた顔で口と目を大きく開けて、大袈裟なほどよろめいた。

「いいもん!勝手についていくからぁー!」

捨て台詞を吐いて店を飛び出して行った。

いやいや、私のばあちゃんの家なんか知らんだろうに。
どうやってついてくるんだっつーの。無理だろ。



翌日、昼過ぎにばあちゃんの家に到着。
車から降りて、玄関の引き戸を開ける。カラカラと懐かしい音が鳴る。

「ばあちゃん、来たよ〜」
「いらっしゃい、直ちゃん。しばらく見ない間に背が伸びたねぇ」
「中学から伸びてないって。私が来る度に言ってるよ、それ…」

私の背丈は成長期をとっくの昔に終えて、157センチでストップしている。
ばあちゃんは少し縮んだな…。
痩せて、腰が曲がって、小さくなった。

「あれが例の電球?」

玄関からまっすぐ伸びる一本の細長い廊下の天井にぶら下がっている電球を指差して尋ねる。
そお、とばあちゃんが頷く。
母さんが先日見舞いに来た際に、長持ちするLED電球に取り替えたらしい。

「前は勝四郎おじいちゃんがやってくれたからねぇ」
「次からは私呼んでよ」

そのとき、唐突に、ふわっと目の前が暗くなった。

「だーれだっ」

背後から聞き覚えのある声がする。


まさか…。
いや、そんなはずは…。


「て、天くん…?」
「えへへ〜ん、直さ〜ん」

視界を塞いでいた手が外れて、すぐに振り向くと、笑顔の天くんが立っていた。

「何してんの!なんでここにいる!?どうやってここがわかったんだよ!?」
「え〜?なんででしょ〜?」
「天くん、真面目に…!」
「あれ、直ちゃんのお友達?」
「ばあちゃん!いや、こいつは…」
「初めまして、おばあさん。舟橋天といいます。直さん大好きです!」
「あらそぉ〜。かわいい子ねぇ。どうぞ上がって。買ったばかりのみたらし団子があるわ」
「わ〜、僕みたらし団子大好きです、おばあさん」
「いやいやいや!打ち解けるの速すぎでしょ二人とも!こら天くん!ちょっと待てって…」

言ってる間にも天くんは、ばあちゃんの後に続いて家の中へ消えていく。


どうやってここがわかったんだろうか?

尾行するにしたって、車でもバイクでもないのに無理がある。
私の車のトランクに忍び込んでたとか?いやそんなまさか。

いよいよ本当にストーカーか、はたまた狐の神通力か…?


玄関で立ち尽くしていると、中からばあちゃんと天くんの、のほほ〜んとした声がした。

「直ちゃんも、いつまでもそんなとこにいないで、中へお入り〜」
「直さ〜ん、お団子おいしいですよ〜」


なんか、どうでもよくなってきた…。
考えてもわかんないし、いいや、もう。


扉を閉めて、室内へ上がった。
居間へ入ると、ばあちゃんと天くんは日向の大きな窓の前で座布団に座ってお茶を飲んでいた。

「おばあさん怪我したんですか?」

みたらし団子を頬張りながら天くんが尋ねた。

「そうなのよ。ちょっと足を挫いちゃってね。ドジでしょう?嫌になっちゃうわ」

2人を横目に、仏壇の線香に火を付けた。
細い煙が立ち上がり、ふわりと白檀の香りがする。
仏壇にある遺影の中の笑顔のじいちゃんに手を合わせる。

朗らかで明るい人だった。
じいちゃんのことを思い返してみると、笑っている記憶しかない。
元気な人だったのに、一昨年の冬、風邪を引いたのが長引いてると思ったら入院して、一週間もしないうちに亡くなってしまった。
本当にあっという間の、突然の死だった。

「あの人が、おばあさんの旦那さんですか?」
「ええ、そうよ。一昨年に亡くなっちゃってねぇ…」

天くんが隣にやって来て、正座して、両手を合わせて目を閉じる。

「もうずっと昔の、若い頃に、おじいちゃんと約束したのよ。
永遠に一緒にいようって約束をね。死ぬときは二人一緒に死のう、どちらかが先に死んだら、残された方は後を追おうって」
「何それ。初耳だよ」
「私もすっかり忘れてたのよ。なにしろ本当に昔だからね。
おじいちゃんが亡くなった後でふっと思い出したのよ。そういえばそんなことがあったなってね…だから、もしかしたら、怪我をしたのは、おじいちゃんが怒ったのかもしれないね…約束したのに、何で来ないんだって…」

「ちょっと、ばあちゃん。これから先何かある度にそんなこと言うつもり?ちょっと怪我する度に祟りだ呪いだって言ってたら身が持たないよ?」

「そうねぇ、そうよねぇ…それに、そんな約束、もうおじいちゃんも忘れてるかもしれないねぇ…」

ばあちゃんは笑いながら頷いていた。
天くんは何も言わず、じいちゃんの遺影を見ていた。