最後の文化祭まで残り5日に迫った。



私は明日音と二人で練習を重ねていた。





「そこ、もっと気持ち込めて。あと…ここ。音程微妙にずれてる」






「はいはい、分かりました~」






「何だよ、その態度!オレがご丁寧に教えてやってんのに、ずいぶん生意気だなぁ」






二時間以上も歌いっぱなしだとさすがに疲れてくる。


明日音は椅子に座り、両手足を組んで、まるでプロデューサーのような態度で威張っている。


多少ムカついてはいたが、彼の指摘していることは100パーセント正しいから言い返すことも出来ない。




私はマイクスタンドから一度離れた。





「おい、練習放棄か?!」





「違うよ!…はい、これ」






私は例のブツを明日音に差し出した。


怒りでつり上がっていた顔が忽ち柔和になり、私が食べて良いと言う前に、明日音は口に入れた。






「いやあ~、旨い!やっぱ、さくらあんぱんは最高だな!」






…そう。



これを食べさせておけば、明日音は大人しくなる。


怒りも笑顔に変えてしまうさくらあんぱんは、無敵な存在だ。


この手法を心得てかなり明日音の扱いが楽になった。


橘明日音の取説には、このことを絶対記載しないとなぁと感じながら、私もさくらあんぱんを頬張った。



初めて作った時よりも格段においしくなっている気がする。


それは言うまでもなく明日音のおかげだ。


明日音を思って作ったものはたいていおいしくなる。




料理の基本は気持ち。


いや、料理だけじゃない。


歌だって最後はやっぱり気持ちだろう。





なんて思っていると、明日音が補聴器を外した。


ケースに入れてまたあの態勢になる。





「今日は次で最後。気持ち込めて歌えよ」





「りょーかい!」






私は急いでさくらあんぱんを食べきり、マイクスタンドの前に立った。


明日音と視線がぶつかる。







私はいつだってキミを思って歌うよ。




だからちゃんと届いてね。










目を閉じ、小窓から差し込む夕日で瞼の裏が赤く染まるのを感じながら、私は歌った。


声が枯れそうなほどに大声で、思いを乗せて歌った。