アルカディアは剣に手を延ばしかけたが、一瞬ためらう。
 剣術大会で勝ち進んだとはいえ、整備された場所での一対一の剣術試合。
 足場も悪く場所も手狭で、相手は数人。
 実践経験など全くなくても分かる、ここで剣を抜く方が危険だ。
「素直に来てくれたら、何もしねぇよ」
 警戒心を解くためかとってつけたような笑顔で近づいてくる男達。
「信用できない」
 近づいてきた分、後ろに下がった所で、背後に壁。
 その壁の上にいつの間にか人の気配。
 あっと思った時には飛び降りてきた人に腕を取られ、口を押えられて声を封じられる。
 その手からは薬品の匂い。
「よし、捕らえたぞ」
「! 卑怯…な……」
 激しく咳き込み、気を失いかけた時、別の足音が聞こえてきた。
「なんだ、お前は?!」
「その手を、放していただきましょうか」
 聞いたことのない、青年の声だった。




 船の中は騒がしい。何時間もの間、船に乗っているため、退屈しのぎに騒いでいるのだ。
 島について降りて行ったアルカディアについて行こうか迷ったけれど、見送った。
 ずっと側にいては彼女が窮屈に感じてしまうだろう。少し息抜きも必要だ。
 自分の掌を見つめて、胸にかかった水晶の飾りを強く握りしめる。
 その姿は何かに祈っているようにも見える。
「……ディア?」
 何かを感じてシノがはっとして呟く。
 胸を過ぎる不安。
 アルカディアの身に何か起こったのか? 
 気を集中するように瞳を閉じる。
「こっちか…」
 船を下りたシノは迷う素振りを見せることなく、どんどんと人でにぎわう立ち並ぶ屋台の間を通り抜けていく。
 足は軽やかだが瞳には怒りの色。
 まっすぐ前を見る目には、町の騒など映っていない。
 それに……誰も気づかない事がひとつ……。
 彼、シノの足元には普通の人間にはあるはずのもの、影がなかった………。

 数人の男たちがコソコソと動いているのを見つけたシノは、あえて彼らの前に姿を現す。
「? どうした、坊主」
 見張りのようにキョロキョロと辺りを見渡す一人の男が姿を見つけて声をかける。
「いえ、ちょっとその先に用事があるんです」
と、無邪気に振る舞う。
「この先は行き止まりだよ。別の道を探しな」
 うっとうし気に追い払おうとした男の脇を、シノはスルリと通り抜けようとする。
「待て、このガキっ…」
 慌てて肩をつかもうと手を伸ばした男は、次の瞬間スローモーションを見るように倒れていった。
 男の腕をとって投げ飛ばしたのは、現れた長身の青年。
 彼の姿を認めて、シノは笑みを浮かべた。
「シノ様、その身体で危険な真似はおやめください」
「大丈夫だ。それより彼女を」
 先へ進んだ男たちを追って、シノと青年は袋小路へと向かった。