「そういえば、ディア」
「なに?」
「なんで、剣を抜くのをためらったの?」
 見られていたのかとアルカディアは苦笑を口元に浮かべる。
 手にある一本の剣。
 両親の形見として残った唯一のものだ。
 鍛冶屋をしていたらしい父だったが、その前に刀匠として最後に打ったものだと聞かされたのを記憶している。
 女性用としてはちょっと大きなひと振りを扱いたいと思い、女の身でありながら剣を習ったのだ。
「…大切な剣だから、あんな奴ら相手にして刃に傷がつくのが嫌だったんだ」
「そうか」
 そう頷くシノの表情が思ったより優しげで、なんだか気分が落ち着かない。
 説教されるのかとも思い一瞬、構えてしまったのでなんて言っていいのか分らなくなってしまった。
「…………」
「その剣、見せてもらっていい?」
「…うん、いいけど…?」
 持っていた剣をシノに渡すと、彼は真剣な表情で剣を見つめ、少し鞘から刀身を抜く。
 シンプルな飾りは模造の装飾用ではなく、実践用に作られたと分かる代物。
 しかし、シンプルな中にも造られた柄には細かな細工がしっかりと施されている。
 そして、刀身に刻まれた紋様。
 それを確認してからシノは剣をアルカディアに返した。
「この剣が、どうかしたのか?」
「なかなかの細工だなぁと思って……」
「?」
 受け取ったアルカディアはじーっと剣を見つめた。
 その様子を見てシノが静かに呟く。
「これから先も、使う機会なんかなければいいね」
「え?」
「この剣は戦うためじゃなくて、君を守るために手元に残したものだと思うから」
 シノの言葉を聞きながら、いつの間にか涙が溢れ出てきた。
 無意識のうちに……。
 何故かほっとする。以前にもこんな事があったように感じる。
 いや、確かにあった。まだ幼い頃……。
 泣いていた私を、私の側にいて……ずっと慰めてくれた。
 確かあれは……
 両親が死んだ葬式の日。
 独りぼっちになったと実感した日。
 1本の剣を握り締め、涙を流し続けた日。
「ディア……」
 シノの声が懐かしい遠い年上の人の声と重なって聞こえた。
 もう顔も忘れてしまった相手。自分より年上だったから、彼のはずはないのに。
 それでもそっとつないだ手からは、温かいぬくもりが感じられた。