嘘、と言ってしまいそうなのを紗菜はようやく堪えた。堪えないほうがよかったかも、と変に冷静な自分が考える。
 朝陽にデートする相手がいない。わざわざ教えてくれる意味を嫌でも妄想してしまう。期待してしまう。

 違うなら早く続けて言って! なにか言って!
 
 そう思うのに、目は朝陽が乗っていたはずの青い自転車が道の端に立てかけられているのを発見する。時間をかけて話そうという姿勢に見えなくもない。


 盗み見た朝陽の顔がはっきりと赤かった。無駄に発揮される観察眼が憎らしい。

「紗菜」

 いつのまにか朝陽の顔が真横に来ていた。身じろぎひとつできないまま、かろうじて、なにと聞き返す。
 紗菜の緊張を見て優位に立ったのだろう。朝陽は持ち前の余裕を発揮して――。

「紗菜。今度、デートしよっか」

「朝陽くん」
 

 夢みたいだった。どういう位置関係にあるのかすっかり忘れた紗菜が朝陽に向き直ろうとしたところ、接近しすぎていることに一瞬早く気づいた朝陽が慌てたように退いた。それだけではなかった。

「違う、そうじゃなくて!」

 朝陽の手が紗菜を押し返していた。