「副島さんは有名人だからね」

 コーヒーを飲みながら、樽見さんはおもむろに視線をあげた。

「私、ですか?」

 そんな言い方、身構えてしまうじゃないの。

「ん。工場のおじさんたちがさ、副島さんからの外線電話のアナウンスが入るとみんな嬉しそうに電話口に向かうんだ」
「まさかあ」
「それ以前は作業の手を中断されて舌打ちしてた人もあったって現場主任が言ってた。ちょうどあの日、俺は工場でミーティングだったから、通路で君の声を聞いて、その場面を目撃してる」
「あの日って」

 虹の日だよ、という樽見さんの言いまわしがもともと制定されている記念日のように聞こえた。

「その副島さんとお茶したって言ったら、俺はちょっと来いやって工場裏に呼び出しくらいそうだな」
「そんなんじゃないです」

 私は即座に言った。

「私は樽見さんにそんなふうに言われるような大層な人ではないんです。入社してから呼び出し放送は失敗ばかりしていて、どもったり、名前や役職を間違えたり、気づくと放送で伝えなくていい事項までアナウンスしていたり。相当恥ずかしいヤツなんです」