そんな私が樽見さんに声をかけたのは、今週半ばの大雨の日のことだった。内勤の私にしては珍しく外出していた。
 朝からの雨のあがった午後三時、お茶の時間を意識して足早にオフィスに戻る途中のなんとなく見あげた空に、信じられないものを見た。

 空に架かる大きな虹だった。
 弧の一部などではなく、長い曲線がビル群のてっぺんまで続いていた。なんのファンタジーだろうと思った。
 でも、見間違いなどではなかった。絵本のなかでしか見たことのない完璧なラインの長い虹がなにかを待つようにそこにあった。

 周囲を見まわしても足を止めているのは私だけだった。オフィスビル街だけあって、道行く人は誰も空など気にしてはいない様子。それもそうだ、もう雨はあがったのだから。

 駆けだして誰でもいいからとっ捕まえて教えてあげようかと思った。
 こういうとき、声をかけるなら女の子や子供がいいのだけれど、なんてことだろう、子供はまあそうだけど、女性も道路のこちら側には私しか歩いていなかった。いくら相手が同性だからって、まさか四車線向こうの他人を呼び止めるわけにもいかない。


 諦めかけたとき、横を社用車が通りすぎ、社員通用口手前の車寄せに止まった。
 降りたのが自社の作業用ジャンパーを着た人物と分かると、私は全力でその後ろ姿に駆け寄り、相手が誰かも確かめずに呼びとめた。
 それが樽見さんだった。