うちの会社は営業職の既婚者はほぼ全員指輪をしているのだそうだ。けれども樽見さんは調達二課だそうなので、見たままなのか、嵌めていないだけなのか、分からなかった。
 ちなみに営業職云々を教えてくれたのは職場の同僚で、樽見さんの所属についてはご本人からさっき聞いたばかりだ。
 予備知識ゼロの人と対峙するのは消耗する。八方美人の私はつい好かれようとして、いらぬ愛想を振りまいてしまう。

「あー、その言い方。信じてませんね。じゃ一回、一回観るだけでいいから。似てるかどうかの見極めを」
「必死なのな」

 樽見さんの完璧なまでに澄ました顔がほどけるように小さく笑みに変わり、私は目を見張った。

 こんなふうに笑うんだ、と正直意外だった。幼さが滲み出てかわいい。ずるい。なんだその顔は。
 てっきり笑わないキャラなんだと思いこんでいた。なんだよ、なんなんだよ。
 まあそうはいっても、次の瞬間には元のつんとした表情に戻ったのだけど。

 そうか、私、馬鹿な子だって思われたのかもしれない。
 貴重な笑顔が見られた喜びはたちまち消え失せた。私はホテルの料理人が作ったベイクドアラスカを最後まで丁寧にすくってから、次はなにを食べようかとチョコレートファウンテンのそびえ立つテーブルの向こうを眺めた。