6月29日、陸上部は翌日の大会を控えていたため、この日の陸上の練習は各自フリーであった。日中の気温はだいぶ上がり、さすがに暑いと感じるような時期になっていた。もうすぐ夕方になる16時頃、私は1人で必死に自転車漕ぎをしていた。体中から汗が噴き出ており、着ていた白のTシャツは汗でビッショリと濡れていた。
「お疲れ様。だいぶ自転車漕げるようになったね」
紗英が肩に白のタオルを巻いたまま私のもとへやってきた。
「紗英、お疲れ様。そうだね。俺、このまま競輪の選手にでもなれるかな」
私は、数秒間、全力で自転車を漕ぎながらふざけて言った。
「競輪選手? 修くんには似合わないよ」
紗英は私を小馬鹿にした感じで笑いながら言った。すると、急にふと寂しそうな表情をして紗英が呟いた。
「なんか、海に行きたいな…」
紗英は少し遠くを見ているような目線だった。
「海? じゃあ、今から一緒に行こうよ。俺が自転車に乗せて連れてってやるよ」
私は青春ドラマのワンシーンを再現するかのようにして言った。
「えっ? 今の独り言なのに。足大丈夫なの? それに、私が乗ったら重いから足に負担がかかるよ」
紗英は少し心配そうな表情で私の顔を見て言った。
「大丈夫だって。この自転車漕ぎだって一番重いギアで漕いでるんだから紗英の体重くらい余裕だよ」
「わぁ、嬉しい。ありがとう」
私は駐輪場に停めてあった自転車の鍵を外し、紗英を自転車の後ろに乗せた。高校を出て瀬野通りを走り、そのまま多田川の河川沿いを30分くらい自転車で走った。2人乗りなどあまりしたことはなかったが、案外、自転車は進むものだと感じた。しばらく河川沿いを走っていると、やがて潮の香りを感じて海が見えてきた。
「うわーっ、気持ちいい!」
紗英は幸せそうな表情で私にしがみついたまま声をあげた。夕方17時、外はまだ明るく波は穏やかだった。海岸の砂浜へ降りるための岩でできた階段付近に自転車を停め、私と紗英はそのまま階段をゆっくりと下りて砂浜を歩き出した。
「わーっ、綺麗だね」
紗英は砂浜の上に立ったまま海に向かって静かに囁いた。砂浜上には遠くにテトラポットが集まって置かれてあり、陸のほうを見ると県道を車が何台も走っていた。
「もうすぐ夏だね!」
紗英は目を輝かせながら私を見つめて言ってきた。
「そうだな」
私は、太陽光が顔に当たるため眩しくて目を細めながら返事をした。
「なんか、夏の陸上の練習はきつくて大変だけど、来年、大学生になったら楽しい夏にしたいね」
「あぁ、大学生になったら夏はどこか旅行にでも一緒に行こう」
「本当!? やったー! 楽しみ! 約束だよ! ねー、修くん、海入ろう!」
紗英はとても楽しそうなテンションで靴と靴下を脱いで裸足になり海に入っていった。私も紗英の後に続いて海に入っていった。6月の終わりで気温が高く少し暑かったが、海に入ると海水の温度はまだ冷たく感じた。そのまま膝下のあたりまで海の中に入って進んでいった。すると紗英は立ち止まって遠く海の向こうを見つめだした。
「あの海の向こうは外国なんだね。すごいなー。いつか、オリンピックとか出てみたいな」
「すごい夢だな。紗英なら絶対出れるよ!」
「でもね、私にはもっと大事な夢があるの」
紗英が少し恥ずかしそうに私の顔を見つめてにやけて言ってきた。
「えっ? なに?」
「えーっ、それはね… 秘密」
紗英は私を焦らした。
「おい、教えろよ」
私はモヤモヤとした気分で彼女に尋ねた。
「じゃあ、私を捕まえたらね」
紗英はそう言うと、まるで子供が鬼ごっこをしているかのように笑いながら私のもとから離れて逃げていった。
「あっ、お前ずるいぞ! 俺が足を怪我して走れないのを知ってて!」
「じゃあ、修くんが走れるようになったら教えてあげる!」
私達はまるで、絵に描いたかのような青春の一時を過ごしていた。海の水を2人で掛け合いお互いのことを追いかけていた。とても楽しい時間だった。砂浜で2人は夕日を見ながら肩を寄せ合い静かに海を眺めていた。夕日が沈み、だんだんと空が暗くなり始め、私と紗英は自転車に乗って家へと帰っていた。
「なぁ、紗英、お前の夢ってなんだよ?」
私は自転車を運転しながら紗英にしぶとく聞いていた。彼女からの返事は無かった。私の腰を掴んでいるのは確かであったが聞こえてないのかと思い、私は一瞬振り向いて彼女のほうを見た。
「紗英?」
紗英は眠っていた。すると、彼女はそのまま私から自然と手が離れ自転車の上から倒れてしまった。
「紗英! 大丈夫か!?」
私は慌てて自転車を停めて降りた。そして、急いで倒れた紗英を抱え込んだ。紗英はその場で目を覚ましていたものの、意識が朦朧としたような状態だった。
「あっ、修くん、ごめん」
紗英の声は掠れたような声だった。
「おい、大丈夫かよ!? 怪我してないか!?」
「うん、私、大丈夫。修くんは怪我してない?」
「あぁ、俺は何ともないよ。お前具合悪いのか!?」
「大丈夫。ちょっと疲れて寝てしまっただけ。修くん、心配かけてごめんね。私、大丈夫だからね」
「びっくりしたよ! 打ちどころが悪かったら大怪我だぜ! 大事な時期なのに。紗英、今日はもう早く休んで明日に備えよう!」
「うん、ありがとう」
私は自転車の後ろに乗っている紗英のことがずっと心配だった。途中、何度も紗英の名前を呼んだ。その度に彼女は返事をした。とても可愛らしい子供のような返事であった。私のことを強く後ろから掴んで抱きしめていた。辺りはすっかり真っ暗になっていた。途中、何度も車が来ていないか等、神経質になって周りを目視して確認した。そして、なんとか紗英の家の前に着いた。
「紗英、楽しかったよ。今夜はゆっくり休んでな。また明日。おやすみ」
「私もとっても楽しかった。修くん、ありがとう。明日頑張るね。おやすみなさい」
紗英はとても幸せそうな笑顔で私に手を振りながら玄関を開け家に入っていった。私もまた、紗英に笑顔で手を振りながら彼女が家に入っていくのを見送った。しかし、1人になった途端、私は下を向き急に落ち込んでしまった。紗英が疲れ気味になっている状態がとても心配だった。
夜の21時頃、私は1人で多田川の陸橋の上に自転車を停め、橋の上から川の流れを静かに見つめていた。紗英は、ただ、日々の生活に疲れているだけなのだろうかと1人で思い悩んでいた。当然、彼女は様々なストレスを抱えていたのだろう。陸上の結果も出さなければならず、それと同時に、受験勉強も立ちはだかる大きな壁だった。何よりも、私が足さえ怪我していなければ、紗英と一緒に走ることができ、彼女のストレスも少しは軽減されるのではないかと思った。早く、紗英のことを支えてあげたかった。しかしながら、まだ私の足は全く走れるような状態では無かった。私は自分の無力さを自分自身で責め立て、焦る気持ちを1人で押さえつけていた。この葛藤を抱えていても、結局何も答えが出ないまま時間だけが過ぎた。夜中の23時を過ぎて、私はようやく自宅へ帰った。既に、母も弟も寝ていた。台所のテーブルの上には、母が作った肉じゃがが皿の上からラップをかけられて置かれていた。悶々とした気持ちのままで、私は夜遅くに1人でご飯を食べ、風呂に入り、寝る準備をして翌日の大会に備えた。
「お疲れ様。だいぶ自転車漕げるようになったね」
紗英が肩に白のタオルを巻いたまま私のもとへやってきた。
「紗英、お疲れ様。そうだね。俺、このまま競輪の選手にでもなれるかな」
私は、数秒間、全力で自転車を漕ぎながらふざけて言った。
「競輪選手? 修くんには似合わないよ」
紗英は私を小馬鹿にした感じで笑いながら言った。すると、急にふと寂しそうな表情をして紗英が呟いた。
「なんか、海に行きたいな…」
紗英は少し遠くを見ているような目線だった。
「海? じゃあ、今から一緒に行こうよ。俺が自転車に乗せて連れてってやるよ」
私は青春ドラマのワンシーンを再現するかのようにして言った。
「えっ? 今の独り言なのに。足大丈夫なの? それに、私が乗ったら重いから足に負担がかかるよ」
紗英は少し心配そうな表情で私の顔を見て言った。
「大丈夫だって。この自転車漕ぎだって一番重いギアで漕いでるんだから紗英の体重くらい余裕だよ」
「わぁ、嬉しい。ありがとう」
私は駐輪場に停めてあった自転車の鍵を外し、紗英を自転車の後ろに乗せた。高校を出て瀬野通りを走り、そのまま多田川の河川沿いを30分くらい自転車で走った。2人乗りなどあまりしたことはなかったが、案外、自転車は進むものだと感じた。しばらく河川沿いを走っていると、やがて潮の香りを感じて海が見えてきた。
「うわーっ、気持ちいい!」
紗英は幸せそうな表情で私にしがみついたまま声をあげた。夕方17時、外はまだ明るく波は穏やかだった。海岸の砂浜へ降りるための岩でできた階段付近に自転車を停め、私と紗英はそのまま階段をゆっくりと下りて砂浜を歩き出した。
「わーっ、綺麗だね」
紗英は砂浜の上に立ったまま海に向かって静かに囁いた。砂浜上には遠くにテトラポットが集まって置かれてあり、陸のほうを見ると県道を車が何台も走っていた。
「もうすぐ夏だね!」
紗英は目を輝かせながら私を見つめて言ってきた。
「そうだな」
私は、太陽光が顔に当たるため眩しくて目を細めながら返事をした。
「なんか、夏の陸上の練習はきつくて大変だけど、来年、大学生になったら楽しい夏にしたいね」
「あぁ、大学生になったら夏はどこか旅行にでも一緒に行こう」
「本当!? やったー! 楽しみ! 約束だよ! ねー、修くん、海入ろう!」
紗英はとても楽しそうなテンションで靴と靴下を脱いで裸足になり海に入っていった。私も紗英の後に続いて海に入っていった。6月の終わりで気温が高く少し暑かったが、海に入ると海水の温度はまだ冷たく感じた。そのまま膝下のあたりまで海の中に入って進んでいった。すると紗英は立ち止まって遠く海の向こうを見つめだした。
「あの海の向こうは外国なんだね。すごいなー。いつか、オリンピックとか出てみたいな」
「すごい夢だな。紗英なら絶対出れるよ!」
「でもね、私にはもっと大事な夢があるの」
紗英が少し恥ずかしそうに私の顔を見つめてにやけて言ってきた。
「えっ? なに?」
「えーっ、それはね… 秘密」
紗英は私を焦らした。
「おい、教えろよ」
私はモヤモヤとした気分で彼女に尋ねた。
「じゃあ、私を捕まえたらね」
紗英はそう言うと、まるで子供が鬼ごっこをしているかのように笑いながら私のもとから離れて逃げていった。
「あっ、お前ずるいぞ! 俺が足を怪我して走れないのを知ってて!」
「じゃあ、修くんが走れるようになったら教えてあげる!」
私達はまるで、絵に描いたかのような青春の一時を過ごしていた。海の水を2人で掛け合いお互いのことを追いかけていた。とても楽しい時間だった。砂浜で2人は夕日を見ながら肩を寄せ合い静かに海を眺めていた。夕日が沈み、だんだんと空が暗くなり始め、私と紗英は自転車に乗って家へと帰っていた。
「なぁ、紗英、お前の夢ってなんだよ?」
私は自転車を運転しながら紗英にしぶとく聞いていた。彼女からの返事は無かった。私の腰を掴んでいるのは確かであったが聞こえてないのかと思い、私は一瞬振り向いて彼女のほうを見た。
「紗英?」
紗英は眠っていた。すると、彼女はそのまま私から自然と手が離れ自転車の上から倒れてしまった。
「紗英! 大丈夫か!?」
私は慌てて自転車を停めて降りた。そして、急いで倒れた紗英を抱え込んだ。紗英はその場で目を覚ましていたものの、意識が朦朧としたような状態だった。
「あっ、修くん、ごめん」
紗英の声は掠れたような声だった。
「おい、大丈夫かよ!? 怪我してないか!?」
「うん、私、大丈夫。修くんは怪我してない?」
「あぁ、俺は何ともないよ。お前具合悪いのか!?」
「大丈夫。ちょっと疲れて寝てしまっただけ。修くん、心配かけてごめんね。私、大丈夫だからね」
「びっくりしたよ! 打ちどころが悪かったら大怪我だぜ! 大事な時期なのに。紗英、今日はもう早く休んで明日に備えよう!」
「うん、ありがとう」
私は自転車の後ろに乗っている紗英のことがずっと心配だった。途中、何度も紗英の名前を呼んだ。その度に彼女は返事をした。とても可愛らしい子供のような返事であった。私のことを強く後ろから掴んで抱きしめていた。辺りはすっかり真っ暗になっていた。途中、何度も車が来ていないか等、神経質になって周りを目視して確認した。そして、なんとか紗英の家の前に着いた。
「紗英、楽しかったよ。今夜はゆっくり休んでな。また明日。おやすみ」
「私もとっても楽しかった。修くん、ありがとう。明日頑張るね。おやすみなさい」
紗英はとても幸せそうな笑顔で私に手を振りながら玄関を開け家に入っていった。私もまた、紗英に笑顔で手を振りながら彼女が家に入っていくのを見送った。しかし、1人になった途端、私は下を向き急に落ち込んでしまった。紗英が疲れ気味になっている状態がとても心配だった。
夜の21時頃、私は1人で多田川の陸橋の上に自転車を停め、橋の上から川の流れを静かに見つめていた。紗英は、ただ、日々の生活に疲れているだけなのだろうかと1人で思い悩んでいた。当然、彼女は様々なストレスを抱えていたのだろう。陸上の結果も出さなければならず、それと同時に、受験勉強も立ちはだかる大きな壁だった。何よりも、私が足さえ怪我していなければ、紗英と一緒に走ることができ、彼女のストレスも少しは軽減されるのではないかと思った。早く、紗英のことを支えてあげたかった。しかしながら、まだ私の足は全く走れるような状態では無かった。私は自分の無力さを自分自身で責め立て、焦る気持ちを1人で押さえつけていた。この葛藤を抱えていても、結局何も答えが出ないまま時間だけが過ぎた。夜中の23時を過ぎて、私はようやく自宅へ帰った。既に、母も弟も寝ていた。台所のテーブルの上には、母が作った肉じゃがが皿の上からラップをかけられて置かれていた。悶々とした気持ちのままで、私は夜遅くに1人でご飯を食べ、風呂に入り、寝る準備をして翌日の大会に備えた。
