週明けの火曜日、この日の陸上部の練習メニューは坂ダッシュであった。100M程の長さの急な坂を全速力で走って登るとてもきつい練習だった。瀬野高校から500Mほど離れたところに瀬野通りを横切るようにして流れる多田川(おおたがわ)という大きな川があり、その河川敷へ下るための坂がこの坂である。道幅は10Mほどありコンクリートでできている滑らかな道である。車2台のすれ違いなどは楽にできる坂だ。毎週火曜日に陸上部はこの坂道を利用して坂ダッシュを行っていた。坂ダッシュは短距離と長距離の合同練習であり毎回男女混合で走った。1日に平均20本くらい走っていた。A、B、C、Dと四つのグループに分けられて順番に走るのだ。1つのグループで走るメンバーは大体20名程度である。Aから順に早いメンバーで走るのだが、A、B、Cの三つのグループ内のそれぞれの下位3名は自動的にランクを落とされ、次に走る時は1つ下のグループで走らなければならない。その一方でB、C、Dの三つのグループのそれぞれの上位3名は、次に走る時は1つ上のグループで走ることができる。紗英はこの坂ダッシュのメニューではほとんど毎回Aのグループをキープしながら走っていた。松永先生が練習の様子を観に来るまでは、皆7割程度の力でしか走らなかった。しかし、松永先生がサングラスをかけメガホンを持って歩いてくる姿が見えてきた途端、皆全力モードに切り替わって走っていた。
「やべー、まっちゃん来たぞ!」
このように、皆が小声で情報伝達しながら気を引き締めて練習に取組んでいた。
「清少、スパートが弱い! お前の力はそんなものか!」
松永先生がメガホンを口元に当て皆に喝を入れていた。基本的に松永先生は誰1人褒めることはなかった。各選手に対して、脇が開いている、肘の角度が悪いなど、先生は悪いところしか指摘をしなかった。私は河川敷の芝生の上で1人別メニューを行っていた。ダンベル等を使っての練習は個人的に飽きてしまうのでほとんど使用することはなく、腹筋背筋、腕立て伏せなどを2時間ほどずっと続けて行っていた。1日で何百回行っただろうか。私はこのような別メニューをほぼ毎日1人でこなしながら、陸上部のメンバーの練習を遠くから1人で応援していた。皆の練習と比べて自分は楽ができる毎日というお気楽な考えが無かったかといえば嘘になる。しかし、確実に心のどこかで、皆との差がどんどん開いていく一方であるという焦りもあった。夕方、夕日が綺麗に輝く中、多田川での練習はとてもしみじみ感じるものであった。練習自体はもちろんきつくて苦しいものであり、私も足の怪我をする前まではこの坂ダッシュは地獄の練習だと毎回走りながら感じていた。それでも、皆で息を切らしながら腰に手を当て歩いて坂を下り、坂を下る方向に綺麗に見える夕日に毎回励まされていた感覚を覚えている。皆で励まし合いながら、あと何本、と声を掛け合い必死で練習に取り組んでいたのだろう。
左手に付けていたセイコーの腕時計を見ると夕方18時半だった。皆練習が終わり陸上部は解散の挨拶をして、帰宅の準備をしていた。私は、紗英のところに歩いて向かっていった。
「紗英、お疲れ様」
「修くんもお疲れ様。私、今日は先生に怒られてばかりだったなー」
紗英はジャージ姿で白のタオルを首に巻いていた。
「どんまい! ねぇ、渡したいものがあるんだ!」
私は少しにやけたように言った。
「えっ? まさか、ipod買ってくれたの?」
「そんなわけねーだろ」
私はそう言って、鞄の中からピンク色のお守りを取り出して紗英に見せた。
「ほら、見てこれ。お守りだよ。紗英のアシックスの靴の中に入れてあるものと同じもの」
「えっ? これ、どうして?」
紗英は驚いた様子でじっとお守りを見つめていた。私は紗英の左手を掴んでそっとお守りを手渡した。
「これ、アシックスの靴の左足の中に入れときなよ。紗英が最近調子良くないのは、きっと右足だけにお守り入れてあるからバランス悪くなってるんだよ」
「嬉しい! ありがとう! でも、どうして同じものが分かったの?」
「えっ? いや、その…」
私は紗英に対する返答に少し困惑した。
「あーっ、分かった。私の靴の中勝手に覗いたでしょ? もぉ、変態なんだから」
紗英はクスクス笑いながら私をからかうようにして言った。
「いや、そんなつもりじゃないって」
私は恥ずかしい気分で体が熱くなっていた。
「うそ。私、すっごく嬉しいよ! なんだか自信ついてきちゃった! 修くん、ありがとう!」
夕方の19時、だんだんと日の入りが長くなっていたため、空は夕焼けでほんの少しだけ明るかった。私は、高校時代、あまり遊びに行くタイプの人間ではなかった。その一方で、紗英はクラスメイトや陸上部の仲間等とよく街に遊びに出かけていた。当時、紗英がipodを欲しがっていたのは、彼女が音楽をとても好きであったからである。邦楽だけでなく洋楽もよく聴いていた。紗英に教えてもらった曲はたくさんある。また、聴いたことがある曲だがタイトルや歌手の名前が出てこない時に紗英に質問すると、スラスラと教えてもらったこともよくあった。また彼女は歌うことも好きであったため、カラオケにもよく行っていた。私がどちらかと言えば引きこもりがちな性格であったのと対照的に、紗英はカラオケに行ったり街に買い物に行きおしゃれを楽しんだりするなど、アクティブな女性であったのだ。
「やべー、まっちゃん来たぞ!」
このように、皆が小声で情報伝達しながら気を引き締めて練習に取組んでいた。
「清少、スパートが弱い! お前の力はそんなものか!」
松永先生がメガホンを口元に当て皆に喝を入れていた。基本的に松永先生は誰1人褒めることはなかった。各選手に対して、脇が開いている、肘の角度が悪いなど、先生は悪いところしか指摘をしなかった。私は河川敷の芝生の上で1人別メニューを行っていた。ダンベル等を使っての練習は個人的に飽きてしまうのでほとんど使用することはなく、腹筋背筋、腕立て伏せなどを2時間ほどずっと続けて行っていた。1日で何百回行っただろうか。私はこのような別メニューをほぼ毎日1人でこなしながら、陸上部のメンバーの練習を遠くから1人で応援していた。皆の練習と比べて自分は楽ができる毎日というお気楽な考えが無かったかといえば嘘になる。しかし、確実に心のどこかで、皆との差がどんどん開いていく一方であるという焦りもあった。夕方、夕日が綺麗に輝く中、多田川での練習はとてもしみじみ感じるものであった。練習自体はもちろんきつくて苦しいものであり、私も足の怪我をする前まではこの坂ダッシュは地獄の練習だと毎回走りながら感じていた。それでも、皆で息を切らしながら腰に手を当て歩いて坂を下り、坂を下る方向に綺麗に見える夕日に毎回励まされていた感覚を覚えている。皆で励まし合いながら、あと何本、と声を掛け合い必死で練習に取り組んでいたのだろう。
左手に付けていたセイコーの腕時計を見ると夕方18時半だった。皆練習が終わり陸上部は解散の挨拶をして、帰宅の準備をしていた。私は、紗英のところに歩いて向かっていった。
「紗英、お疲れ様」
「修くんもお疲れ様。私、今日は先生に怒られてばかりだったなー」
紗英はジャージ姿で白のタオルを首に巻いていた。
「どんまい! ねぇ、渡したいものがあるんだ!」
私は少しにやけたように言った。
「えっ? まさか、ipod買ってくれたの?」
「そんなわけねーだろ」
私はそう言って、鞄の中からピンク色のお守りを取り出して紗英に見せた。
「ほら、見てこれ。お守りだよ。紗英のアシックスの靴の中に入れてあるものと同じもの」
「えっ? これ、どうして?」
紗英は驚いた様子でじっとお守りを見つめていた。私は紗英の左手を掴んでそっとお守りを手渡した。
「これ、アシックスの靴の左足の中に入れときなよ。紗英が最近調子良くないのは、きっと右足だけにお守り入れてあるからバランス悪くなってるんだよ」
「嬉しい! ありがとう! でも、どうして同じものが分かったの?」
「えっ? いや、その…」
私は紗英に対する返答に少し困惑した。
「あーっ、分かった。私の靴の中勝手に覗いたでしょ? もぉ、変態なんだから」
紗英はクスクス笑いながら私をからかうようにして言った。
「いや、そんなつもりじゃないって」
私は恥ずかしい気分で体が熱くなっていた。
「うそ。私、すっごく嬉しいよ! なんだか自信ついてきちゃった! 修くん、ありがとう!」
夕方の19時、だんだんと日の入りが長くなっていたため、空は夕焼けでほんの少しだけ明るかった。私は、高校時代、あまり遊びに行くタイプの人間ではなかった。その一方で、紗英はクラスメイトや陸上部の仲間等とよく街に遊びに出かけていた。当時、紗英がipodを欲しがっていたのは、彼女が音楽をとても好きであったからである。邦楽だけでなく洋楽もよく聴いていた。紗英に教えてもらった曲はたくさんある。また、聴いたことがある曲だがタイトルや歌手の名前が出てこない時に紗英に質問すると、スラスラと教えてもらったこともよくあった。また彼女は歌うことも好きであったため、カラオケにもよく行っていた。私がどちらかと言えば引きこもりがちな性格であったのと対照的に、紗英はカラオケに行ったり街に買い物に行きおしゃれを楽しんだりするなど、アクティブな女性であったのだ。
