2016年10月14日、夜空には満月がとても綺麗に輝いていた。私は走るのを辞め月に向かって瀬野通りを歩きだした。上着のポケットからスマートフォンを取り出した。待ち受け画面を見ると、時刻は22時50分だった。耳にイヤホンを付けスマートフォンに入っている音楽をかけた。
10年前、同じ曲を聴いていた。紗英と手を繋ぎ最後に一緒に満月に向かって瀬野通りを走った日の夜、私は紗英と病院まで必死になって一緒に歩きながら紗英のipodを持って音楽を聴いていた。そして、12年前、私が紗英と出会った日も夜空には綺麗な満月が輝いていた。2人で手を繋いで瀬野通りを走り、最後は全速力で満月に向かって走った。私が高校生だった頃、今の携帯電話でこんなにも便利に音楽を聴けるなど夢にも思っていなかった。今の時代は連絡を取り合う時はLINE等が主流になってきている。瀬野通りを走る自動車の形も、時代の変化と共に気付かぬうちに変わってきたのだろう。
かつて、松永先生が、人を支えることは大変だと言ってくれたこと。服部先生や大橋先生が、信念を貫き、ブレるなと言ってくれたこと。私は、先生達の言葉の本当の意味を大人になってもなかなか理解することができなかった。私は、大切な人を支えることができずに自分が弱いと思い込んで自分を責め立てていた。それだけでなく、大切な人を失い、約10年の間、気持ちが大きくブレた人生を歩んできた。信念や意志など持つことができなかった。もし、陸上の強い私立大学に進学していれば違った人生だったのかもしれない。国立大学に進学するまでは、受験勉強を頑張ったものの、肝心の大学での勉強は疎かにするばかりで、就職活動などまともにしなかった。大学に入ってから今に至るまで、自分の生きる道や目標など何も探し出すことができなかった。
私が、ピンクのお守りを紗英の靴と一緒に返すことなく、ずっと持ち続けてきたのは、いつかまた、紗英に逢うことができるかもしれないと想い続けてきたからである。そんなことは、あり得るわけがないはずなのに、私は愛していた人の死をずっと受け入れることができないまま歳を重ねてきた。私はずっと生きる希望を失っていたのだ。嘘でもいいから、目の前に紗英が現れて、紗英を捕まえにいけるような日を待ち望んでいたのだろう。
歩いていて顔に当たる風が冷たかった。多田川の陸橋のちょうど真ん中あたりに差し掛かったところで私は足を止め、イヤホンを耳から外した。なぜか涙を流していた。
「紗英?」
私は思わず声を出した。遠くに見える月に向かって。月を見ていると紗英が笑っていた。遠い昔、私が足をつまずけた多田川の陸橋の段差はいつの間にか消えていた。
「紗英、俺が死んだら、天国で捕まえに行く!」
過去は変えられない。運命を変えたければ、今、自分が変わるしかない。私は橋の上から多田川に向かって、ピンクのお守り2つを思いっきり投げた。
「いつか、また一緒に走ろう! 天国から月に向かって! それまで生きるよ! 紗英がいなくても… 満月のように強く輝いて…」
今夜、私は月に向かって全速力で走った。
完
※この作品はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空のものであり実在のものとは一切関係ありません。
10年前、同じ曲を聴いていた。紗英と手を繋ぎ最後に一緒に満月に向かって瀬野通りを走った日の夜、私は紗英と病院まで必死になって一緒に歩きながら紗英のipodを持って音楽を聴いていた。そして、12年前、私が紗英と出会った日も夜空には綺麗な満月が輝いていた。2人で手を繋いで瀬野通りを走り、最後は全速力で満月に向かって走った。私が高校生だった頃、今の携帯電話でこんなにも便利に音楽を聴けるなど夢にも思っていなかった。今の時代は連絡を取り合う時はLINE等が主流になってきている。瀬野通りを走る自動車の形も、時代の変化と共に気付かぬうちに変わってきたのだろう。
かつて、松永先生が、人を支えることは大変だと言ってくれたこと。服部先生や大橋先生が、信念を貫き、ブレるなと言ってくれたこと。私は、先生達の言葉の本当の意味を大人になってもなかなか理解することができなかった。私は、大切な人を支えることができずに自分が弱いと思い込んで自分を責め立てていた。それだけでなく、大切な人を失い、約10年の間、気持ちが大きくブレた人生を歩んできた。信念や意志など持つことができなかった。もし、陸上の強い私立大学に進学していれば違った人生だったのかもしれない。国立大学に進学するまでは、受験勉強を頑張ったものの、肝心の大学での勉強は疎かにするばかりで、就職活動などまともにしなかった。大学に入ってから今に至るまで、自分の生きる道や目標など何も探し出すことができなかった。
私が、ピンクのお守りを紗英の靴と一緒に返すことなく、ずっと持ち続けてきたのは、いつかまた、紗英に逢うことができるかもしれないと想い続けてきたからである。そんなことは、あり得るわけがないはずなのに、私は愛していた人の死をずっと受け入れることができないまま歳を重ねてきた。私はずっと生きる希望を失っていたのだ。嘘でもいいから、目の前に紗英が現れて、紗英を捕まえにいけるような日を待ち望んでいたのだろう。
歩いていて顔に当たる風が冷たかった。多田川の陸橋のちょうど真ん中あたりに差し掛かったところで私は足を止め、イヤホンを耳から外した。なぜか涙を流していた。
「紗英?」
私は思わず声を出した。遠くに見える月に向かって。月を見ていると紗英が笑っていた。遠い昔、私が足をつまずけた多田川の陸橋の段差はいつの間にか消えていた。
「紗英、俺が死んだら、天国で捕まえに行く!」
過去は変えられない。運命を変えたければ、今、自分が変わるしかない。私は橋の上から多田川に向かって、ピンクのお守り2つを思いっきり投げた。
「いつか、また一緒に走ろう! 天国から月に向かって! それまで生きるよ! 紗英がいなくても… 満月のように強く輝いて…」
今夜、私は月に向かって全速力で走った。
完
※この作品はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空のものであり実在のものとは一切関係ありません。
