10月20日、16時に授業が終わった。携帯電話を見ると、紗英の母親からの着信が1時間程前に残っていた。ホームルームを終え、私は中庭へと行き紗英の母親の携帯電話に折電をした。コール音が鳴っている最中に空を見上げていた。空はどんよりと曇っていた。
「もしもし」
「佐藤君。急にごめんなさい。学校の授業は終わった?」
「はい、今から練習に行くところです」
「お願いがあるの。今から病院まで来て紗英と会ってほしいの!」
「えっ? 今からですか?」
「練習があるのに、無理を言って本当にごめんなさい。紗英はもうだんだん何を言っているか分からなくなってきている。だから、貴方に会ってほしい!」
「わかりました! すぐ行きます!」
電話での紗英の母親の声は震えていた。私は急いで紗英の病院へと走って向かった。夕方の16時半頃に病院に着いた。日の入りがだんだんと早くなる時期であり少しずつ外は暗くなりかけていた。私は病院の5階まで階段を駆け上がり、紗英の病室まで小走りで向かった。そして、ふとなぜか、一瞬病室の前で立ち止まった。深く深呼吸をしたが、なかなか落ち着かなかった。右手が震え出し病室のドアを開けることができなかった。そのまま2分くらい過ぎた。すると、紗英の母親がドアを開け病室から出てきた。
「佐藤君!」
紗英の母親が少しビックリしたような表情で言ってきた。顔が少し強張っていた。
「お母さん、紗英に会いに来ました!」
「ちょうど良かった。来てくれてありがとう。ちょっと部屋を出るから、その間、紗英のことお願いね」
紗英の母親はそう言って部屋を出ていった。紗英の母親の後ろ姿を見て、私は不安な気持ちになってしまった。そして、急にいてもたってもいられない気持ちになり、勢いよく病室の中へ入った。すると、ベッドに仰向けに寝ている紗英の姿が見えた。寝ているのか起きているのか分からない状態で目は半開きだった。
「紗英?」
私は紗英にそっと近づき話しかけた。
「修くん…」
紗英がゆっくりと私の顔の方を見てきた。目を必死で開きながらじっと私を見つめていた。かすかな小声であり少し聞きとりづらかった。顔は青白く目が潤っていた。
「私ね… 18歳に… なったら… 修くんと… ドライブしたい… 免許を… とりにいきたいな… 車で一緒に… お出かけしたい… それまでに… 生きて… いられるかな…」
「馬鹿なこと言うな! 当たり前だろ! 紗英のお誕生日、県の駅伝大会の日だ。終わったら必ず一緒にお祝いしような!」
「修くんと… ドライブしてね… 途中で… 修くんを… 車から降ろすの… そして… 修くんは走って… 私は車を… 運転して… 勝負するの… 修くんの… スパートよりも… 速い車でね… 修くんを… 追い抜いて… 笑ってやるんだ… だって… 修くんの… スパートは… 全国一だって… 私… 信じてるから… 修くんに… 勝てる人なんて… 絶対に… いないんだから…」
「紗英、俺、必ず区間賞取るから! 俺と一緒の大学に行くんだろ! 大学でも一緒に陸上するんだろ! 俺が箱根駅伝出れたら応援しに来てくれるんだろ! 免許もとって一緒にドライブしよう! 約束だぞ! 紗英、頼むからずっと俺の傍にいてくれ… お前を愛してる…」
私は泣き叫びながら紗英を強く抱きしめた。紗英も目から涙をこぼしていた。
「でもね… 修くん… 私ね… お願いが… あるの…」
「どうした!?」
「私が… どんなに… 離れて… いっても… 必ず… また… 捕まえに… きてね… ずっと… 離さないで… 抱きしめて… いて…」
「離さないよ! 絶対に! お願いだ! 紗英、頼む! 離れないで! 紗英… 紗英…」
「修くん… 私は… 修くんが… 私を… 捕まえに… 来て… くれた… から… 私… 幸せ… だったよ… あり… がとう……」
最後の力を振り絞って紗英が言葉を口に出した。目は半開きのまま私のほうをずっと見ており、次第に、彼女は言葉を発せなくなった。そして、目から涙を流しながら静かに瞳を閉じていった。私はずっと紗英を抱きしめていた。夜が更けて深夜となり時計の針は1時、2時とただ時間だけが過ぎていった。紗英は目を閉じたまま仰向けで寝ていた。夜が明けて朝を迎えた。やがて、彼女は目をつぶったまま動かなくなった。
午前8時頃、医師や看護師が病室に入ってきた。医師達はすぐに紗英の容体を確認し、彼女は人工呼吸器を付けられ、ベッドの横には心電図が置かれた。病室内はとても緊迫していた。お昼頃になって、ようやく病室内は落ち着き、ずっと仰向けのまま彼女は綺麗な顔で目をつぶったままだった。紗英の母親と父親も眠ったままの紗英の様子をそっと見守っていた。私が紗英の手を握ると、かすかに反応して私の手を握り返してくれた。だが、数日経つにつれ、紗英の容体は急変し全く反応しなくなった。病室に行くたびに、心電図の音だけが小さく鳴り響いていた。私は、毎日、学校の授業と陸上の練習が終わった後に、病院へ駆けつけていた。毎日、紗英の母親と連絡を取り合っていた。紗英の意識はまだあるという言葉を聞くだけで、毎回なんとか気持ちを落ち着かせることができた。病室では、眠ったままの紗英を見て、その日にあった出来事をいつも彼女に向かってそっと話しかけていた。
「紗英、また明日来るよ」
私はそう言っていつも病院を後にしていた。病院を出るたびに、胸が痛くはかない気持ちでいっぱいだった。
「もしもし」
「佐藤君。急にごめんなさい。学校の授業は終わった?」
「はい、今から練習に行くところです」
「お願いがあるの。今から病院まで来て紗英と会ってほしいの!」
「えっ? 今からですか?」
「練習があるのに、無理を言って本当にごめんなさい。紗英はもうだんだん何を言っているか分からなくなってきている。だから、貴方に会ってほしい!」
「わかりました! すぐ行きます!」
電話での紗英の母親の声は震えていた。私は急いで紗英の病院へと走って向かった。夕方の16時半頃に病院に着いた。日の入りがだんだんと早くなる時期であり少しずつ外は暗くなりかけていた。私は病院の5階まで階段を駆け上がり、紗英の病室まで小走りで向かった。そして、ふとなぜか、一瞬病室の前で立ち止まった。深く深呼吸をしたが、なかなか落ち着かなかった。右手が震え出し病室のドアを開けることができなかった。そのまま2分くらい過ぎた。すると、紗英の母親がドアを開け病室から出てきた。
「佐藤君!」
紗英の母親が少しビックリしたような表情で言ってきた。顔が少し強張っていた。
「お母さん、紗英に会いに来ました!」
「ちょうど良かった。来てくれてありがとう。ちょっと部屋を出るから、その間、紗英のことお願いね」
紗英の母親はそう言って部屋を出ていった。紗英の母親の後ろ姿を見て、私は不安な気持ちになってしまった。そして、急にいてもたってもいられない気持ちになり、勢いよく病室の中へ入った。すると、ベッドに仰向けに寝ている紗英の姿が見えた。寝ているのか起きているのか分からない状態で目は半開きだった。
「紗英?」
私は紗英にそっと近づき話しかけた。
「修くん…」
紗英がゆっくりと私の顔の方を見てきた。目を必死で開きながらじっと私を見つめていた。かすかな小声であり少し聞きとりづらかった。顔は青白く目が潤っていた。
「私ね… 18歳に… なったら… 修くんと… ドライブしたい… 免許を… とりにいきたいな… 車で一緒に… お出かけしたい… それまでに… 生きて… いられるかな…」
「馬鹿なこと言うな! 当たり前だろ! 紗英のお誕生日、県の駅伝大会の日だ。終わったら必ず一緒にお祝いしような!」
「修くんと… ドライブしてね… 途中で… 修くんを… 車から降ろすの… そして… 修くんは走って… 私は車を… 運転して… 勝負するの… 修くんの… スパートよりも… 速い車でね… 修くんを… 追い抜いて… 笑ってやるんだ… だって… 修くんの… スパートは… 全国一だって… 私… 信じてるから… 修くんに… 勝てる人なんて… 絶対に… いないんだから…」
「紗英、俺、必ず区間賞取るから! 俺と一緒の大学に行くんだろ! 大学でも一緒に陸上するんだろ! 俺が箱根駅伝出れたら応援しに来てくれるんだろ! 免許もとって一緒にドライブしよう! 約束だぞ! 紗英、頼むからずっと俺の傍にいてくれ… お前を愛してる…」
私は泣き叫びながら紗英を強く抱きしめた。紗英も目から涙をこぼしていた。
「でもね… 修くん… 私ね… お願いが… あるの…」
「どうした!?」
「私が… どんなに… 離れて… いっても… 必ず… また… 捕まえに… きてね… ずっと… 離さないで… 抱きしめて… いて…」
「離さないよ! 絶対に! お願いだ! 紗英、頼む! 離れないで! 紗英… 紗英…」
「修くん… 私は… 修くんが… 私を… 捕まえに… 来て… くれた… から… 私… 幸せ… だったよ… あり… がとう……」
最後の力を振り絞って紗英が言葉を口に出した。目は半開きのまま私のほうをずっと見ており、次第に、彼女は言葉を発せなくなった。そして、目から涙を流しながら静かに瞳を閉じていった。私はずっと紗英を抱きしめていた。夜が更けて深夜となり時計の針は1時、2時とただ時間だけが過ぎていった。紗英は目を閉じたまま仰向けで寝ていた。夜が明けて朝を迎えた。やがて、彼女は目をつぶったまま動かなくなった。
午前8時頃、医師や看護師が病室に入ってきた。医師達はすぐに紗英の容体を確認し、彼女は人工呼吸器を付けられ、ベッドの横には心電図が置かれた。病室内はとても緊迫していた。お昼頃になって、ようやく病室内は落ち着き、ずっと仰向けのまま彼女は綺麗な顔で目をつぶったままだった。紗英の母親と父親も眠ったままの紗英の様子をそっと見守っていた。私が紗英の手を握ると、かすかに反応して私の手を握り返してくれた。だが、数日経つにつれ、紗英の容体は急変し全く反応しなくなった。病室に行くたびに、心電図の音だけが小さく鳴り響いていた。私は、毎日、学校の授業と陸上の練習が終わった後に、病院へ駆けつけていた。毎日、紗英の母親と連絡を取り合っていた。紗英の意識はまだあるという言葉を聞くだけで、毎回なんとか気持ちを落ち着かせることができた。病室では、眠ったままの紗英を見て、その日にあった出来事をいつも彼女に向かってそっと話しかけていた。
「紗英、また明日来るよ」
私はそう言っていつも病院を後にしていた。病院を出るたびに、胸が痛くはかない気持ちでいっぱいだった。
