紗英は大村競技場にすぐ隣接している大村東山(おおむらとうざん)病院という病院に救急車で運ばれていった。この病院は大村競技場内で怪我をした選手などもよく利用する大きな総合病院であった。紗英が倒れてから2時間程経って紗英の家族も心配そうに競技場に駆けつけ、そのまま病院へと向かって行った。その日の夕方から夜にかけては採血や精密検査が行われたとのことであった。紗英の家族だけ病院に泊まり込んだ。夕方17時半、私は紗英が運ばれた病院の入り口まで来た。そして、病院内で紗英の母親を見つけた。
「お母さん!」
「佐藤君、病院まで来てくれてありがとう」
「紗英の容体は…?」
「まだ今夜ははっきりしないの」
病院の1階の受付前のロビーで私と紗英の母親は一緒にソファに座っていた。院内は数名の患者さんやお見舞いに来た人々が行き通っていた。
「佐藤君、心配かけてごめんね。今夜は私達だけ泊まるから。また貴方にも連絡するわ」
私は病院を出たくなかった。紗英のことがあまりにも心配で、私も一緒に病院に泊まりたかった。しかし、その日のうちには紗英の容体が落ち着かないのと、治療等が長引きそうであり、さすがに紗英の家族にも迷惑をかけると思ったので、私は諦めて帰るようにした。
「お母さん、紗英の症状が良くなったら、僕の携帯に連絡をしてください!」
私は帰り間際に、紗英の母親に自分の携帯の番号をメモ書きして渡した。私はそのまま競技場へと歩いて戻った。瀬野高校に向かうバスが出発する時間になり、私はバスで高校まで戻ってそのまま家に帰った。家に着いてから、テレビもつけずに部屋の明かりだけをつけ1人横になったままだった。
「ただいま!」
玄関の方から、私の母の声が聞こえてきた。仕事から帰ってきたところだった。この日の母の勤務は遅番だったので帰ってきたのは夜22時半頃だった。
「修ちゃん、入るよ」
母が私の部屋をノックしてドアを開けた。
「修ちゃん、ご飯食べてないの?」
「母さん、紗英が倒れた」
私は母の顔を見ると、今にも泣きだしそうであった。
「えっ!?」
母は一瞬固まった。
「レースで走り終わった後に倒れた。なんで倒れたのか分からない…」
「嘘でしょ!?」
母はとても心配そうな表情をして驚いていた。母にその日の出来事を全部話した。母も落ち込んでおり、真夜中に家の中は静まり返った状態だった。外は激しい雨が降っていた。私は不安で一睡もできないまま朝を迎えた。部屋の窓から外を見ると、外は晴れていて雨は上がっていた。