…これは夢かしら?

抱き締められる腕の中、私は呑気にそんな事を考えていた。

もう二度と、この腕の中に返ることなどないと思っていたのに、再び返ることになるなんて。

夢見心地で、宗吾の顔を見た。

…ふと、我に返った。

これは、現実だ。こんなうまい話はあり得ない。

私は、宗吾を勢いよく突き放す。

「…葉瑠?」
「…あの夜の事は忘れて」

「…忘れられるわけがない俺は葉瑠を」
「…それ以上言わないで!高嶺専務は、次期社長。私はただの平社員。私と貴方は釣り合わない。大体、年だって、私の方が年上よ?貴方にとっては、私は汚点にしかならないわ。だから忘れて」

一気に捲し立てると、鞄をわしづかみしてその場を逃げるようにして立ち去ろうとしたが、宗吾は私を逃がさない。

腕を捕まれ、反転させた私をドンと壁に押し付けた。

壁ドンなんて、私が経験することになるとは思わなかった。