「あなたの記憶を、覚えている限り話していただけますか?」

医者は、表情の硬い三津代にゆっくりと話し掛けた。
三津代はじっくりと思い出しながら、口を開いた。

「はい。

私が覚えているのは高校一年生の秋、
最後の記憶は、10月15日です。」

三津代にとってのその日は、今日の朝だった。

「学校に向かう途中で家にお弁当を忘れたのに気がついて、急いで戻りました。

隣近所のおばさんとすれ違ったので挨拶だけして、走ってたら 道路を渡る時に靴が脱げました。

そこから記憶が無くて…。」

医者は手元にある紙をみながら、少し間を置いて話しはじめた。

「そうですか…。

岸さん、びっくりされるかと思いますが、今起きていることをお話しなくてはいけません。

岸さん。実は…


あなたはその高校一年生のときに、この病院に入院しています。」

…は?

だから、それが今…でしょ。

あ…違うんだ。

今は私、高1じゃないんだった…。

三津代は見知らぬ自分に対し、一瞬寒気がした。

「どういうことなのか…わからないです。」

医師は慎重に、話を続ける。

「そうですよね。すみません。

率直に言いまして、あなたは今ずいぶんと大人になられています。

岸さんは、15歳の時に
交通事故に遭われました。
その時この病院に運ばれ、入院しています。」

医師の言葉の意味を理解できない。それは一体、だれの事なんだ?


「え…。

でも私、そんな記憶…少しもない。」


「ええ。そうだと思います。

岸さんはその時に、

記憶を無くされているんです。

そして今、階段から落ちた時の衝撃で、その頃の記憶に戻っていると思われます。」

三津代の顔が、青ざめる。

「…嘘。そんな」