確かにおかしい。
脱走する暇があるなら仕事を少しでも早く終わらせて、嫁の元に帰るべきだろうに。
「私が何度お父様に帰ってくるよう伝えても、帰ってくることはありませんでした。
………最初は、ただ仕事で忙しいんだろうと、そう思っていました。ですがその思いも、1ヶ月2ヶ月と時が経つにつれて、疑念へと変わっていくようになりました。
どんなに忙しくても、何ヶ月も日本に帰ってこられないわけがないんです。私も、幼いながらにそのことは理解していました。」
普通の子供なら、そんな疑念が頭をよぎることもなく純粋に父親の帰りを待っていそうなものだが、財界という大人の世界に既に足を踏み入れていた紫雨は疑うことを知っていた。
それが余計に紫雨を苦しめる結果となった、か………。
「その頃から、私は日常でも笑い続けるようになりました。パーティーに出席する為にお父様と顔を合わせても、その笑顔が崩れることはありませんでした。………いえ、崩れることがなかったのではなく、崩すことが出来なかったの間違いでしょうか。」
それだけのストレスに作り笑いを続けていれば、本当の笑い方なんてあっという間に忘れるだろうな………。

