「そう言えば、俺の名前、言ってなかったよね?知ってた?」


無邪気にそう言う先輩は、私の心を少し傷つけた。

まあ、別にいいんだけどね。

覚えていなくても。


「太一先輩…ですよね?」


そう言うと、太一先輩は嬉しそうな笑みを浮かべた。



「よっしゃ〜!やっぱ知ってた?なんでなんで?」


いやいやいや。

知らないわけがないでしょ。


「うちの学校の人はみんな知ってると思いますよ?」

「えーー、マジで?俺、めっちゃ有名人じゃん。嬉しー」


そう、先輩が大きい声で叫んだので、カウンターに座っていた係のお姉さんが、
こちらを見て注意してきた。

先輩は、「すみません」と言いつつも、ガッツポーズなんかしちゃってる
手を震わせながら、声を出さないように笑っていた。


「じゃあ、今度は本当にバイバイ!穂波さん」


そう言うだけ言って、さっさとカウンターの方へ戻ってしまった。

カウンターの方で、お姉さんにいろいろ話しかけているのが聞こえてくる。


太一先輩は、誰にでも話しかける。

きっと、今日のことも私のことも、直ぐに忘れられるんだ。


それってずるいな、と思いながら私はシャーペンを握った。