不破翔子。
髪は伸ばしっぱなしで、いつもオドオドしている取るに足りない女だ。
なのに俺の嗅覚が、この女から鋭い刃のような匂いを感じとる。
「いったい何だ?」
その答えはあっさりと告げられた。

ある夜。
妙な胸騒ぎがして寝つけなかった俺は、スクール寮の周囲を散歩することにた。

そこで不破翔子と出くわした。
(こんな時間に?)
まだこちらには気づいていないようだが、いつもとは何かが違っていた。
伸ばしっぱなしの髪から覗く顔に、いつものオドオドした表情がない。
手にしたペインティングナイフには、赤い絵の具が…。
(いや、あれは血か?)

「あら、神威くん?」
気配を感じさせないフクロウのような目に、いつの間にか捕らえられていた。
月明かりに照らし出されたその顔は、凛として美しい。
「お前は誰だ?」
「あたしは、不破翔子よ」
悠然とした笑みを浮かべ、彼女は答える。
髪の下に隠された素顔が美しいことには気付いていたが。
今はそれだけではない怪しい魅力があった。

「まさか最近起きている連続通り魔の犯人は、」
言葉の続きは、彼女の唇に塞がれた。
「!」
抗いがたい妖艶な口づけ。
力が抜けた唇の間から女の舌が入り込む。
ベルベットのような感触が絡み付く。
「っ!」
くらりと目眩がした次の瞬間。
気がつくと、不破翔子の姿は霧のように跡形もなく消えていた。