あなたには会えない距離に会いたい人がいるだろうか。
物理的に会えない人。
気まずくて会えない人。
私にもそんな人がいる。
様々な思いが渦巻く現代で、
私は君に会いたい。





あるよく晴れた夏休みの日曜日。受験生であるはずの私は東京にいた。
そして都内でも有数の大規模なB駅で私は迷っていた。県境にある田舎から新幹線で東京に来た日から5日経っていたが、東京の人の多さと電車の複雑さにはいかんせん慣れない。今日も埼京線とやらいかにも“強そう”な路線に乗りたかったのに乗り遅れ山手線で来たのだ。先月から楽しみではあったが、ここまで苦労するとは思わなかった。

6月。いよいよ高3になり、部活も引退した私に待っているのは大学受験だ。かねてから関西ではなく関東の大学に進学したいと思っていた私だが、当然最初は両親に反対されていた。関西の大学も良いところは沢山あるというのが建前だったが、中流家庭の経済では関東ましてや都内で一人暮らしというのはなかなか難しい問題だったのだろう。だが執念深い私は親をなんとか説得することに成功した。どうやら両親は私がアルバイトをしないと思っていたらしい。アルバイトの意思を伝えるとあっさり了解を出した。それまで情報収集などの苦労はなんだったのか少し馬鹿らしくなったが。
夏休みを使い1週間ほど東京に行きたいというのも快諾してくれ、受験生だった私だが、このときばかりは心が踊った。憧れの東京。やっと行ける。

B駅は思っていたより何倍も広かった。地下鉄やJRなど様々な路線がこの駅を通っており「テレビで見る東京」と全く同じような光景だった。少し人間観察をしてみたかったのだが、それは不可能だ。私には時間がない。なんと私は今日大事な用事があるのに寝坊してしまったのだ。急がなくては用事に遅れてしまう。高校の部活で鍛えた足をフルに使って走り始めた。地下道をひたすら走る。サラリーマン、OL、学生を横目に走り続ける。地上に出た。一瞬夏に輝く太陽に目をやられる。ムシっとした日本らしい夏の空気を感じながら走り続けた。息が切れてきた頃に看板が見えてきた。

「帝國院大学オープンキャンパスはこちら」

私の用事とはこの私立大学の体験授業を受けることだ。写真を撮りたかったが時間が無い。早足で飾られた校門をくぐると受付があった。
「こんにちは。パンフレットをどうぞ。」
「ありがとうございます。あの、4号館ってどこですか?」
「そこの広場にある図書館の裏ですよ。」
「ありがとうございます。」
せかせかと教えてもらった通りに歩くと4号館の文字が見えてきた。新しい建物なのかガラス張りで10階ほどの高さがあった。中に入って階段を駆け上がり、予約者に届くメールに添付されていた3階の32教室の前に行くと大学生2人が立っていた。
「すみません。予約していた黒附豪大です。」
「くろつけ...こうだいくん...はい、確認しました。A班ですね、入って一番前の左のグループ席にどうぞ。」
(グループ席か...)
少し戸惑いがあったが無事に間に合った。ほっと一息したがそんな暇はない。遅刻も寸前だ。少し焦りながらも同時に少しの期待を抱き教室を覗くと、なんとまだ5人ほどしか来ていなかった。ざっと見たところ5人グループが6個で30人ほど来るようだったが。さっともう一度携帯のメールを見ると「集合時間→14:00」と書いてあった。そして携帯の時計をみると13:26。何を見間違えたのか私はてっきり13:30集合だと思っていた。またしても炎天下の中走ってきたのが馬鹿らしく思えてきた。こんなのだから周りからおっちょこちょいだなんだとからかわれるのだろうか。
とりあえず時間には間に合った。指定された通りにA班の席に目をやると既に1人の男が来ていた。見た感じは今風の男子高校生。私服だがおそらく同い年。グループ席なので、よく小学生の給食時にしたような向かい合った机の配列になっている。とりあえず彼の目の前に座って軽く会釈のみ交わした。するとすかさずスタッフの大学生が声をかけてきた。
「こんにちは。今日担当するのは僕たち大学生です。教授はいません。あとこの三角柱に折られた紙の一面それぞれにニックネーム、年齢、出身地を書いてください。ニックネームはなんでもいいですよ。」
「わかりました。」
それだけ言うと大学生はちがうグループの生徒の方に行ってしまった。
「クロ、18歳、大阪」
ニックネームは昔からクロ。名字が黒附だからクロ。誕生日は6月で生粋の大阪人。山の上育ちの田舎モノだが大阪は好きだ。人が暖かくて料理は美味しい。
「はじめまして。」
急に声をかけられてビクッとした。目の前の男子高校生だ。
「は、はじめまして。黒附です。クロって呼んでください。」
「はじめまして。眞鍋です。名前は岱地なのでだいちで良いですよ。黒附くん、クロって...なんか猫みたいで可愛いですね。」
「よく言われます。」
お互いぎこちない笑顔で会話を続ける。私は少し照れていたが。
「だいちくんは何年生ですか?僕は高3です。」
「お、奇遇だね。僕も高3だよ。あと同い年だしタメでいいよ。」
「そうなんや!じゃあタメで。とは言っても大阪出身やから訛ってるけどな。」
「初めて生で大阪弁聞いた。やっぱりいいね、方言は。俺は東京の生まれ育ちだから方言が羨ましい。」
「そう?まぁでも大阪の人は大阪弁愛してるからな。怖いって言われるけど、俺も大阪弁大好きやで。」
同い年ということもあってか、思ったより会話が弾む。標準語にも少しだが慣れてきた。その後も他の人が来るまでずっと話していた。時折見せる彼の笑顔に不意をつかれたような変な気もしたが、普段からあまり人と話さないことに加え慣れない地に慣れない標準語。知らずのうちにストレスが溜まっていたのかもしれない。
時間になり体験授業が始まった。私たちA班は一人欠席の4人。私とだいちくん、それから2人の女子高生。しかも高2だ。さらに地方出身は私だけで3人は東京人だ。なんだか少し寂しい気もした。
体験授業は売れるパンの共通点を探し発表するというものだった。それぞれの班が面白く興味深い発表を終え、無事に体験授業は終わりを迎えた。発表内容を考える中で私と彼は次第に仲良くなり、体験授業が終わってからお互いのIDを交換した。
「なんかこんなに急に仲良くなることなんてあるんやな、びっくりやわ。」
「ほんとだね。俺もびっくりだけど気が合う友達が増えて嬉しいよ。」
「それは俺もそう。元々友達少ないし...。」
「え、そうなの?じゃあ明日とか時間ある?さっそくだけど思い出作ろう!もっと色々話したいし。」
「ほ、ほんまに?だいちがいいなら遊ぼうや!渋谷とか行ってみたい。」
「いいね!じゃあまた後で連絡するよ。今日は俺、用事あるから帰るね。」
「うん、じゃあな。また明日。」
「また明日〜。」
たった1日で初対面の人とこんなに仲良くなれた。しかも遊ぶ約束まで。受験生なのに。でもせっかくの機会を断るわけにはいかない。それになぜか、分かれてからすぐに会いたくなった。ドキドキワクワクもしていた。なにかの感情に似ていたが何かはわからない。とりあえず明日のためにも早くホテルに帰って休まなければ。荷造りなどもしなければならない。明後日に帰るのだから。