学校祭前日の土曜日。
今日は合奏中心にスケジュールが進む。
私たちの演奏は開催式の時に行われる。
それが私にとってとても緊張。
全校生徒は吹奏楽部50人減らして、440人。
880個の目がある。
そう考えると気持ち悪い。
しかも、一曲ソロパートを任された。
嬉しい事なのに、辛い。
私がソロを吹くのはドラマの主題歌。
男性アイドルグループ主演の学園もの。
ノリが良くて、アイドルグループ自体人気だから有名な曲。
今日はいつもみたいに各教室は使えなくて
音楽室か視聴覚室しか使えない。

「…まただ」
ずっと同じところで間違える。
指の動きが複雑でテンポも早いから隙が無い…
「どう?調子は?」
美希先輩が不調の私に話しかけて来た。
「ゆっくりならなんとかいけるんですけど、テンポに合わせて吹くとダメです」
「どうしたものか…」
そんな中トロンボーンの音が後ろから聞こえてきた。
翔くんが一生懸命吹いている。

そうだった、翔くんも別の曲でソロを吹くんだ。
私たち2人は経験者でもレベルが高い方らしい

1年生から色々経験した方がと先生が言っていた。
「合奏しまーす」
部長が声をかけて来た。
そして3曲一気に通して、明日の流れを大体掴む。
ソロパートはあんまり納得いかない。
というか全然ダメだった。
それは翔くんも同じようで…。
少し間違っていた。
それが悔しいのか、後ろをチラッと見ると音を何度も確認している。

午後からは体育館で合奏したが、あまり変わらない結果。

「次は会場の準備をしまーす。吹奏楽部のイスを準備室から持ってきて下さい」
部長の指示に従って動く。
そしてイスを並び終えて、解散になった。
楽器を上の階にある音楽室に持っていて、帰る準備をして少しトイレがしたくてトイレに向かった。
扉に手を掛けると話し声が聞こえてきた。

「ねぇ、今年のソロパートの2人やばくない?全然ダメじゃん」
「ねぇ〜、何であたしら3年差し置いてやってんの?」
「マジあり得ない」
「明日間違えて恥かいてくんねぇかな」
「だったらマジ笑う」

私は悔しくて手が震えた。
この声は部活の時間でも喋ってるような不真面目3人女子だ。
私達があなた達3年を抑えてソロパートを吹くなんてそんなの簡単な事。
私達があなた達よりも上手いからよ。
そんな事まで分からない奴らだとは思わなかった。
「せつな、あんたはここで待ってて」
「…え?」
美希先輩がいつの間にか来ていてトイレに入っていった。
「ねぇ?トイレでコソコソ悪口言う悪趣味辞めたら?」
「何急に?」
美希先輩と不真面目3人の口喧嘩が始まった。
私は扉越しに聞くしか無かった。
「せつなはね、めげないのよ。あんた達とは違うの」
「めげない?ウケる。なのにあの出来なの?美希も大変だね」
「大変だよ。だけどこっちが頑張らなきゃっていう気持ちになるの」
「何それ」
「あんた達みたいに男引っ掻き回す為にメイクしてる時間にせつなはソロ吹けるようになるわよ」
メイクしてたんだ。
部活内ではメイクは禁止。
部活が終わっても家に帰ってからならいいんだけど、学校に持ってきてトイレとかでやるのは禁止だ。
「まぁ、今頃にはせつなは練習してる頃だけどねぇ」
「何よ」
私はその場から逃げた。
逃げたというより練習したい。
その衝動に駆られて音楽室に向かった。
そして楽器を出して譜面を譜面台に乗せてチューニングした。
「せつな、大丈夫?」
美希先輩が戻ってきて私に問いかけた。
「はい、ありがとうございます」
「全然。私もあの3人嫌いなのよ。人間として無理なのよ」
「あそこまでしてくれなくても…」
「あそこまでしないとダメよ。さぁやってみましょう?」
「美希先輩。1人でやってみてもいいですか?1人でやってみたいんです」
「そう、分かった。可愛い子には旅をよね」
「ありがとうございます」
そう言って美希先輩は帰っていった。
「ふぅ、よし」
私は何度も失敗した。
何度も曲を聴いて、リズムを確認した。
そして…

「出来た」
初めてリズム通り間違えず吹けた。
その後も何度か吹いて音が外れてないか気にして吹いた。

「すげぇじゃん」
「翔くん」
「俺もさっき出来たんだ」
出来たんだ…。
良かった。
「もう帰る?」
「うん。楽器閉まったら帰る」
「早くしろよ。鍵返しに行かねぇとダメだから」
「はいはい」
急かされて私は楽器をしまい、楽器を持って翔くんの隣に並んで廊下を歩く。
翔くんも学校の楽器を持っている。
家で練習するんだ。
「明日頑張らなきゃね」
「そうだな、絶対いいとこ見せなきゃな」
「ふふ、なんか変なの」
「何が?」
「翔くんってどんなことでもぱぱっとやっちゃいそうなのに」
何でも出来る翔くんにも苦手な事があって安心している。
この間のテストも私より上でそれもすごいと思う。
「まぁ、苦手な事ばかりだ。まだまだ…鍵返して来るから待ってて」
そんな彼の声色はどこか寂しげでいつまでも耳の中をこだました。