「心さん」
後ろから呼ばれて振り向くとさっきまでアヤと話していた道幸が立っていた。
「この書類、昨日言われて作成したものなんですけど確認お願いします」
道幸から書類を受け取り、確認する。
入社して間もないが出来る奴で今のところ大きな失敗がない器用な奴だと思う。
「問題ない。ありがとう」
「・・・あの、心さん」
デスクに戻した視線をまた道幸に戻すと視線は俺ではなくアヤを見ていた。
「あの、綾子さんのことなんですけど」
「俺は何も知らん。あのナリなら男の一人や二人はいるだろ」
仕事中にそんなことを聞いてくるな、と言ってやりたい。
だけど、アヤが入社してきてからは他の部署の同期や先輩からも散々聞かれてきた。
それ以来、答えはすべて同じ。
「噂は本当なんですね」
「なんの」
「うちの部署で一番綾子さんに興味無さそうな心さんに聞いてみるけど、誰が聞いても同じ返しをするって。本当に興味ないんですね」
あのナリって言う所が満更でもないんじゃないかって噂もたってますけどね、と言い捨てて自分のデスクに戻っていきやがった。
満更でもないという言い方にはムカついた。
誰が流した噂か知らないが夜に見るアヤの姿を知らない奴が何を言ってんだって話。
俺がアヤに興味があるのは間違いないがそれはアヤ自身じゃなくてアヤの行く末が気になるだけだ。
俺の楽しみはここで共に働くアヤを観察して、夜にバーでカモを探すアヤを見ていること。
仁が本気でアヤに揺れることがないか見ることができる。
アヤの想いの強さも。
早く終業時間にならないか1時間前から小学生のガキみたいにソワソワしている。
end.