仁の女だと言っても付き合ってるわけじゃない。
そもそも仁は固定の女を作らない。
だから彼女ではないし、この女もまた仁の“その他大勢の一人”でしかない。

それに関して少し変わった女で大概の場合、“浮気OK”として不特定多数の一員になるのに、この女は自分の価値を下げてまで仁と繋がろうとする。

俺が働くバーで“アヤ”の名前を知らない奴はいないくらい有名で、その一番の相手が仁であることもほとんどが知ってる。
アヤを探しに来るバカな男もいるくらい。

俺からしてみれば、どうしてそこまでして仁と繋がりたいのかが理解できない。
仁に執着するのは勝手だけど不特定多数の女がうじゃうじゃいる最低男にそこまでして傍にいたい理由がわからない。それに傍にいたって良いことなど一つもない。

本命になれるわけでもなけりゃ他の女が切れるわけでもない。

「綾子さん」

仕事中にも関わらず考え込んでたせいで思わず名前に反応して頭を上げた俺はその方向を見た。
今年入社してきた道幸が今年の指導係である“アヤ”に書類を見せているところだった。

入社してきた時から上司だけど高卒で入社した年下のアヤを狙ってるのが透けて見えてた。
今もそう、書類の事を聞きながらも視線はアヤを見てる。

「橘」
「…はい?」

アヤと道幸を見ていたせいで返事が遅れる。

呼ばれた方を見ると中村さんが書類を持って立っていた。
見てわかるのは俺に落ちてくる仕事だということ。

「これ明後日までなんだ。出来る?」

パラパラと書類を見て、これくらいなら大丈夫だと頷く。

「頼むな」

肩を叩いて席へ戻っていく上司。
書類をパラパラ見ながらアヤに視線を戻す。
訂正箇所を指摘して道幸の言葉に笑顔になる。

それで思うのは仁にも俺にもああいう笑顔を見せないということ。

俺には見せてもいいだろうと思うのは俺の勝手な感情だ。
見せられたところでどうこうなることもない。
ただ、あの笑顔が俺の中で残ってるのは仁の女だという認識があるからだ。