「綾子、これコピってきて~」

新人は毎日上司のコピー係なのかってくらい雑用をさせられるこの会社。
仕事を覚えるまでは仕方ないことだけど、この女に関してはお人好しが災いして、いつまで経っても雑用担当のまま。

自分の仕事も残ってるのに他人の仕事もするから帰りが遅くなるんだってことに気付いてないのか生粋のお人好しなのか。

「何部ですか?」
「んとね~、5」
「5部ですか?」
「うん、新人の為の資料だから5部でいい」

わかりました、とあっさりコピーに向かう後ろ姿を横目で見る。

確かにスタイルはいい。
顔立ちも綺麗。
髪を一つに束ねてるから最初は気付かなかったけど、俺はこの女をよく知ってる。

もう何度となくすれ違ったし会話も交わした。
もちろん意図的に。
本人は気付いてないけど、いずれバレるだろう。

こんな身近にいたなんて気付いた時は半信半疑だったけど仕草や話し方で確信した。

バーにいる時は一切笑わない。
知り合いがいても愛想笑いくらいで声を出して笑うことはない。
会社では上司だったり同僚だったり冗談を言い合って笑顔を見せる時はある。
それでも他の奴と比べると断然少ない。

「コピー終わりました」
「ありがとー、綾子がいて助かるよ。で、今日飲みに行かない?」
「今日ですか?」
「そう、中村も一緒で人事の子もいるんだけど…どう?」

手を取られて上目遣い。
困った顔するのも当然、人事部との飲み会という名の社内コンパに誘われている。

ハタチの新人が30オーバーの上司に誘われて断れるはずもなく、「わかりました、参加します」と了承するのは安易に想像できる。

そんなだからエサにされるんだぞ、と忠告してやりたいけどムダに喋ればボロが出そうで、いつも見てるだけ。

自分の席に戻り顔を上げた時、視線が重なった。
俺が先に見ていたから向こうからすれば見られてたと思うだろう。
他の奴ならそうだろうけど、この女は違う。
何も見なかったような素振りで仕事を始める。

目が合うのはいつも一瞬で興味がないと言われたような気がして少し気に食わない。

この女――高瀬綾子が仁の女だとわかった時、“女は怖い”と本気で思った。

普段は制服しか見ないから地味な女だと思ってた。
それが店に来たら化粧は濃く露出度の高い服を着て惜しみ無く脚をさらけ出してる。

変貌にも程があるだろうと思ってたけど、それが意図的なものであって会社で会うのが本物なんだと気付いたら興味を持ってしまっていた。
それから目が離せなくなっている。