香織はそのまま、眠ってしまった。そして夢を見た。夢の中で、香織はどこか別の場所にいた。どこかはわからないが、一度来たことがあるような気がする。気づくと、中学時代のユニフォームを着ていた。
 それで思い出した。あの日、フライを取り損ねた香織は、そのまま意識を失ってしまい、試合が行われた中学校の保健室に運ばれた。今いるのは、その時の保健室だ。ということは、時間が戻ったのだろうか。
 もしそうなら、今度は絶対に、緑風高校には入らない。形だけのソフトボール部しかない高校には、絶対に。別の高校に入って、そこで全国大会を目指す。ベッドに横たわりながら、香織はそんなことを考えていた。
 ふと、カーテン越しに声が聞こえてきた。聞き憶えのある声だ。中学時代のチームメイトたちだった。聞かないほうがいいような気がした。でもその声は、香織の耳に入ってきた。

 「もうちょっとだったのにね」
 「あのフライさえ、捕っていればね」
 「あれは、仕方ないよ」
 「でも、あの子足が速いんでしょ。だったら、捕れたんじゃない?」
 「暑さで、ぼーっとしてたんじゃないの?」
 「まさか、それはないわよ」
 「ねえねえ、ひょっとして、わざとじゃない?」
 「わざとって、どういうこと?」
 「ほら、今年の夏って、暑いでしょ。もし今日勝ってたら、まだ試合が続くじゃない。でも負けたら、今日で終わりでしょ。だから、いっその事負けたほうがって、思ったんじゃないの?」
 「それはないよ。だって、ダイビングキャッチしようとしたじゃない」
 「あれはきっと、ポーズよ。わざとだってことがばれないようにしたのよ」
 「それじゃあ、私たちは、あの子のわがままのせいで全国大会に行けなかったってこと?」
 「そうなるわね」
 耳を塞ぎたかった。でも耳を塞いでも、指の間からその声は聞こえてきたに違いない。
 たしかに、香織はあのフライを捕れなかった。でも、それだけが原因で試合に負けたわけではない。それにもちろん、わざとではない。香織だって、全国大会に行きたかった。そのために、頑張ってきたつもりだ。それなのに、なぜ自分だけがこのように言われなければならないのか。しかも話しているのが、それまで一緒に頑張ってきたチームメイトたちである。悔しさと、仲間に裏切られた悲しさとが、胸にこみ上げてきた。
 「やめて―っ!」香織は思わず叫んでしまった。
 ここで目が覚めた。香織は自室のベッドに戻っていた。一階にいる母親が何も言ってこないところをみると、叫んだのは夢の中だけだったらしい。
 なぜあんな夢をみたのだろう。あの日チームメイトたちは、負けたのは香織のせいじゃないよ、と言ってくれた。あれは、本心からだったのだろうか。それとも今見た夢のように、陰口をたたかれていたのだろうか。香織にはわからなかった。ただ、あんな夢を見たあとなので、本心からではなかったように思えた。
 あらためて悔しさがこみあげてきた。この悔しさを晴らす方法は、たった一つしかない。
 香織は、心に決めた。何が何でも、全国大会に出場してみせる。そしてそのために、今のクラブを、本物のソフトボール部に変えてみせる。
 もう涙は乾いた。次に流すのは、全国大会に出場したときの嬉し涙だ。そう固く心に誓った。