午後からは、クラブ見学会が行われた。各クラブが、グラウンドや体育館、それぞれの部室で活動を行い、新入生は、それを見学して入部するクラブを決める。
香織は、さすがに沙紀をソフトボール部に誘う気にはなれなかった。健太の失態のおかげで、沙紀に笑顔が戻ったものの、前日の沙紀の表情の変化は、まだ香織の心にひっかかっていた。さりげなくどのクラブに入部するのか聞いてみたが、運動部は苦手なので、文化部をひと通りまわってみると言っていた。
沙紀と別れた香織は、ソフトボールの練習場所へ向かった。その途中、グラウンドでは、他の運動部が練習をしていた。サッカー部、野球部、ハンドボール部、陸上部……。それぞれのクラブの練習場所の近くでは、新入生が練習を見学したり、先輩から話を聞いたりしていた。
香織はもちろん、他のクラブに入部するつもりはなかったが、各クラブが練習している様子を眺めていた。この人たちも、大きな目標を持って頑張っている。その様子を見て、香織は身が引きしまる思いがした。よし、私も頑張ろう。
そして、ついにソフトボール部の練習場所に着いた。ちょうど、キャッチボールをしているところだった。この人たちが、私の先輩になるんだ。そんな気持ちで、香織は練習の様子を見つめていた。
と、その時、香織はあることに気づいた。キャッチボールをしている先輩たちの体操服が、全員エンジ色なのである。緑風高校では、各学年ごとに、体操服の色が異なる。三年生は青色、二年生はエンジ色、一年生はオレンジ色である。つまり、この先輩たちは、全員二年生ということになる。何故、三年生がいないのか。受験を控えているのは分かるが、もうすぐ県の春季大会が始まるし、インターハイの予選もある。三年生が引退するのは、その後のはずだ。他のクラブを見てみると、ユニフォームを着用しているところもあるが、青色の体操服を着ている人もいる。三年生が活動しているクラブもあるのだ。ソフトボール部に三年生がいないのは何故なのか。
そのようなことを考えていると、いきなり肩をたたかれた。ふり返ると、制服姿の女子生徒がいた。
「あなた、入部希望者?」
どうやらソフトボール部の先輩らしい。香織は急に緊張した。
「あ、はい、い、一年生の、一ノ瀬香織と言います」
「一ノ瀬さんね。私は、ソフトボール部のキャプテンの城ヶ崎有里です。よろしくね」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
小柄で、背は香織より低いぐらいだが、凛とした感じが漂っている。ネームプレートを見ると、赤色(エンジ色)のラインが入っている。この色は、学年を表していて、体操服の色と同じである。つまり、この先輩は二年生である。二年生でキャプテン? やはり、この部には、三年生がいないのか。
「どうする? すぐに入部手続きも出来るけど、もう少し考える?」
「あ、いや、手続き、お願いします。」
「わかったわ。じゃあ、ついてきてちょうだい」
「わかりました」
香織は、有里の後についていった。練習スペースのはし、校舎のすぐ近くに、どこから運んできたのか、机と椅子が置いてあった。
「座ってちょうだい」
「あ、はい」
香織は言われるままに椅子に座った。ボールペンと一緒に、一枚の紙が渡された。
入部申込書。
全国大会という大きな目標への、第一歩である。全ては、この一枚の紙から始まる。香織は、はやる気持ちをおさえながら、申込書に記入した。志望理由の欄には、「中学時代に経験があるため」と書いた。
「書けました」
「はい、ありがとう」
有里は、香織が書いた申込書を手にとって、目を通した。
ふと、有里の顔がくもったように、香織には思えた。何か変なことを書いたのだろうか。
「中学のとき、経験があるのね」
「あ、はい」
「どこまでいったの?」
「えっと、全国大会の一歩手前まで……」
「あ、そう」
あれ? 驚かないの? 香織には不思議に思えた。
関東地区から先全国大会に進めるのは、4校だけだ。もう少しでその4校の中に入れたのだ。もちろん、香織一人の力でそこまで進めたわけではないが、レギュラーメンバーの一人として、精一杯のことはやったという自信はある。それにしては、反応がなさすぎるような気がする。
そんな香織の気持ちをかき消すように、有里は申込書をクリアファイルにしまいながら言った。
「わかってると思うけど、最初の一週間は、体験入部になります。一週間たって続けたければ、そのまま正式な入部になるし、辞めたければ、退部してもらって結構よ。何か質問は?」
特にありません、香織はそう答えようかと思った。が、どうしても聞いておきたいことがあった。
「あの、三年生は、いないんですか」
「ん?」
「いや、あの、さっき練習見させてもらったんですけど、みなさんの体操服の色が全員二年生の色だったんで。それに、失礼ですけど、キャプテンも二年生みたいなので……。三年生は、どうしていないんですか」
すると有里は、大きなため息をついて言った。
「そのうちわかるわ。じゃあ、明日から練習が始まるから、放課後、体操服を持って、部室に来てね。それじゃあ」
香織は、わけもわからず、立ち去る有里の背中を見つめるしかなかった。有里はなぜ、ため息をついたのか。この高校のソフトボールには、何か秘密があるのか。期待と不安。本来は半々であるはずだが、香織の心の中では、不安のほうが大きかった。
香織は、さすがに沙紀をソフトボール部に誘う気にはなれなかった。健太の失態のおかげで、沙紀に笑顔が戻ったものの、前日の沙紀の表情の変化は、まだ香織の心にひっかかっていた。さりげなくどのクラブに入部するのか聞いてみたが、運動部は苦手なので、文化部をひと通りまわってみると言っていた。
沙紀と別れた香織は、ソフトボールの練習場所へ向かった。その途中、グラウンドでは、他の運動部が練習をしていた。サッカー部、野球部、ハンドボール部、陸上部……。それぞれのクラブの練習場所の近くでは、新入生が練習を見学したり、先輩から話を聞いたりしていた。
香織はもちろん、他のクラブに入部するつもりはなかったが、各クラブが練習している様子を眺めていた。この人たちも、大きな目標を持って頑張っている。その様子を見て、香織は身が引きしまる思いがした。よし、私も頑張ろう。
そして、ついにソフトボール部の練習場所に着いた。ちょうど、キャッチボールをしているところだった。この人たちが、私の先輩になるんだ。そんな気持ちで、香織は練習の様子を見つめていた。
と、その時、香織はあることに気づいた。キャッチボールをしている先輩たちの体操服が、全員エンジ色なのである。緑風高校では、各学年ごとに、体操服の色が異なる。三年生は青色、二年生はエンジ色、一年生はオレンジ色である。つまり、この先輩たちは、全員二年生ということになる。何故、三年生がいないのか。受験を控えているのは分かるが、もうすぐ県の春季大会が始まるし、インターハイの予選もある。三年生が引退するのは、その後のはずだ。他のクラブを見てみると、ユニフォームを着用しているところもあるが、青色の体操服を着ている人もいる。三年生が活動しているクラブもあるのだ。ソフトボール部に三年生がいないのは何故なのか。
そのようなことを考えていると、いきなり肩をたたかれた。ふり返ると、制服姿の女子生徒がいた。
「あなた、入部希望者?」
どうやらソフトボール部の先輩らしい。香織は急に緊張した。
「あ、はい、い、一年生の、一ノ瀬香織と言います」
「一ノ瀬さんね。私は、ソフトボール部のキャプテンの城ヶ崎有里です。よろしくね」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
小柄で、背は香織より低いぐらいだが、凛とした感じが漂っている。ネームプレートを見ると、赤色(エンジ色)のラインが入っている。この色は、学年を表していて、体操服の色と同じである。つまり、この先輩は二年生である。二年生でキャプテン? やはり、この部には、三年生がいないのか。
「どうする? すぐに入部手続きも出来るけど、もう少し考える?」
「あ、いや、手続き、お願いします。」
「わかったわ。じゃあ、ついてきてちょうだい」
「わかりました」
香織は、有里の後についていった。練習スペースのはし、校舎のすぐ近くに、どこから運んできたのか、机と椅子が置いてあった。
「座ってちょうだい」
「あ、はい」
香織は言われるままに椅子に座った。ボールペンと一緒に、一枚の紙が渡された。
入部申込書。
全国大会という大きな目標への、第一歩である。全ては、この一枚の紙から始まる。香織は、はやる気持ちをおさえながら、申込書に記入した。志望理由の欄には、「中学時代に経験があるため」と書いた。
「書けました」
「はい、ありがとう」
有里は、香織が書いた申込書を手にとって、目を通した。
ふと、有里の顔がくもったように、香織には思えた。何か変なことを書いたのだろうか。
「中学のとき、経験があるのね」
「あ、はい」
「どこまでいったの?」
「えっと、全国大会の一歩手前まで……」
「あ、そう」
あれ? 驚かないの? 香織には不思議に思えた。
関東地区から先全国大会に進めるのは、4校だけだ。もう少しでその4校の中に入れたのだ。もちろん、香織一人の力でそこまで進めたわけではないが、レギュラーメンバーの一人として、精一杯のことはやったという自信はある。それにしては、反応がなさすぎるような気がする。
そんな香織の気持ちをかき消すように、有里は申込書をクリアファイルにしまいながら言った。
「わかってると思うけど、最初の一週間は、体験入部になります。一週間たって続けたければ、そのまま正式な入部になるし、辞めたければ、退部してもらって結構よ。何か質問は?」
特にありません、香織はそう答えようかと思った。が、どうしても聞いておきたいことがあった。
「あの、三年生は、いないんですか」
「ん?」
「いや、あの、さっき練習見させてもらったんですけど、みなさんの体操服の色が全員二年生の色だったんで。それに、失礼ですけど、キャプテンも二年生みたいなので……。三年生は、どうしていないんですか」
すると有里は、大きなため息をついて言った。
「そのうちわかるわ。じゃあ、明日から練習が始まるから、放課後、体操服を持って、部室に来てね。それじゃあ」
香織は、わけもわからず、立ち去る有里の背中を見つめるしかなかった。有里はなぜ、ため息をついたのか。この高校のソフトボールには、何か秘密があるのか。期待と不安。本来は半々であるはずだが、香織の心の中では、不安のほうが大きかった。

